六甲山の岩場『仁川渓谷』サン・ライト・ロック
渓谷沿いの『送水路』として、この道は宝永年間から地元の人達の手により、長い時間をかけて切り開かれ
『上ケ原・台地』の開墾・農地開発に、必要不可欠な水を、水平方向に導いていた『水路』の補修や整備を目的として現在でも、管理され整備も行なわれているので、渓谷の下流部・上に位置する水門・水路の入口付近までは、古くから渓谷右岸に作業道が存在していて、大正末期にクライマ−は岩場へのアプロ−チに、この道を利用していた。そして、ハイキングが流行り出し『六甲山』での、登山道・整備が活発に成り出して交通の便が良かった、この山域にも山中に行楽施設や公園が続々と、造られて『ハイキング目的の新道』も、網の目状態に幾本も開かれていった。

クライミング・ゲレンデとしての『仁川渓谷』の、歴史はRCC時代から引き継がれた、古典的と呼んで、差し支えない、かなり古くから使われて来た岩場が点在する『エリア』だが、下流部に集中している『岩場』以外にも渓谷・範囲には『バットレス』周辺の、岩場も存在している。
そして多くのクライマ−が、目にし易くクライミングの対象として知られていた、下流部の岩場も長年、同じ岩が使われて来て、この『サン・ライト』や『スタ−・ライト』の岩場は、あまりクライマ−が手を触れることも無く、これまで、殆ど利用されることも無く今・現在は苔と潅木、蔦類に覆われて「岩場」らしさも失われ出している。