【大峰・大普賢岳アイス・クライミング・エリア】

再発見・開拓、初期『記録・写真』

この時の「情報」を朝日新聞社からの依頼で
提供した結果、(右)の記事が出た。

私が、この関西範囲では《最大》
当時の、国内レベルから見ても・高距を含
めた規模(スケ−ル)と、難易度も南アルプス
等で、発見・開拓されていたル−トと比べても
遜色ない『エリア』を、再発見できたのは、

大阪草鞋の会=吉岡氏の公表した記事に
よるところが大きい。

吉岡氏・達が発見時に登った、潅木交じりの
急峻な岩尾根を、私達も、その後に下降路
(下降ライン)として利用した。

『MCS国際山岳プロガイド 舟橋 健』情報・記録。記

『朝日新聞社への提供・写真」

2度目の挑戦・時には、新聞社から派遣されたヘリコプタ−ト−搭乗の記者が、氷瀑・上部を登攀中の私達を視認発見、出来ずに「写真・撮影」は失敗。翌年の取材時には、ガイド依頼で私もヘリコプタ−に同乗して・山域を広範囲に空撮。その時に、他・エリアの存在も空中から確認・おおまかな位置やスケ−ル等の情報を入手した。

近年は「完全」に、連瀑帯として形成されない

当時の降雪・積雪量は手強かった

1986年アプロ−チは現在の様に整備する者や固定ロ−プの残置などは、考えられなかった。
積雪量も多くて、湿雪の重いラッセルは体力が必要だった

途中の小氷瀑を巻くと言う、発想?考えも及ばなかった。
初期の頃は、スナ−グに詰まった、氷を取り除いたり。
アックスのピックが、折れたりとクライミング以外の苦労も加わって入山ごとに、新しいル−トに自分達だけのトレ−スを刻めて楽しかった。

当時の「記者」とは、その後しばらくは記者が東京本社へ移動したりして、連絡も疎遠だったが『震災後』の、私の始めた活動・関係でPSD問題での、専門家からの助言や・支援・を受けて。私の当時の、避難場所や活動・地域に専門医と共に、実際に訪ねて来てくれたり、支援を受けた。その、頃に「ボランティア活動」の、ごく一部の人達の怪しさ・詐欺紛いの行動・等に関して「論説・紙面」に執筆を・と申し出を受けたが、忙しさで書く余裕を失って、しまった。今なら「偽ガイド問題・急増するアマチュア営利・登山」関係への、警告・暴露記事を書かして欲しいと本気で考えている。『証拠・写真』も、所有している事だし。

最近(2004年2月)に、訪れた時には往時の状態の半分程度の規模しか、凍っていなかった。以前ならば取り付き地点までの小沢も、初心者の練習に向いた氷のルンゼが形成されていたが、最近では、そこも凍ったという記憶が無い。

自然の『気紛れ』2006年・年明けに異常な寒気と2日間、続いた冷雨・霙が重なってアプロ−チ箇所に意外な『氷瀑』が形成された
こういった特異な条件下の氷は珍しい。2008年は近年の中では
意外と状態が良かった年だと思う。

2006/04/03 (月) 19:51:16

(2005年2月)に、アイスゲレンデ下を通過した時に、確認した氷瀑までのアプロ−チにも使えていた、凍った細いルンゼや周辺の、小規模な氷瀑・氷柱は縮小傾向。この状況は80年代の後半時期から、顕著で温暖化の影響を強く受けている模様。中流部や上流部への移動時に、以前ならば手軽に利用できていた下流部のゲレンデ的な氷瀑は最近では、利用価値・自体も少なくなりだしてしまった。
近年は、アイスクライミング環境としての氷結は年々悪くなる一方だ。氷結状態は悪くなったが、アプロ−チ環境は、逆に毎年、良くなっている。『杉林のアイスゲレンデ』は、私が『岳人』に、紹介記事を書いてからは、大峰山系では最もポピュラ−な『アイスゲレンデ』として、かなり多くのクライマ−に知られ、利用されている。
Wednesday, February 13, 2008
86年『最初の試登時にSTARDUST』から継続
前年の『試登時』には、この地点まで到達できなかった。
86年『試登時の最高到達・地点』
数日前と判断出来る、先行者の敗退用・下降支点(アイス・ピトン)2本を、確認している。
私達と同じく、一切の公開情報や記録を公表していないと思われる。下部アプロ−チのラッセル跡は新雪で、完全に消えていたと考えられる。

86年『3度目の挑戦で中段・雪壁へ継続突破』
87年『再下部・氷瀑帯とアプロ−チ氷瀑からの完全
継続により登攀。最初のビバ−クの為に、下段部から一度、下降後に翌日に再登攀。

88年、継続失敗
89年『完全継続』上段、右ライン試登・未完成


91年〜2004年までに、最上部に2回、挑戦する
が、雪崩後の不安定・箇所の突破で1度・敗退。
2度目の挑戦は、氷柱の崩壊で断念。
たった2度しか、稜線上に立てていない
大阪草鞋の会が利用した尾根

稜線からの下降路として使用した
87年の登攀時に空撮・記者から私達が確認された
ポィント。数年後に少し、地形に変化が見られるようだ
『雑誌・公開記録』には、幾つかの問題点や疑問に感じる部分が存在していた。『初登尊重』の、過去の思想を強要・共有しようとは今更、思えないでいるが『現場・遭遇の事実』で、知り得ていた筈の『情報』までを、文字情報の中で無理やり変更させるのも、どうかと思う。どこかの国の、お偉い先生方とか、御役所の方々と同じ様な事を、しているのでは山も笑う。(注)最近の事では、ありません、念の為