俗に「裏・六甲」と呼び称される。六甲山系の中で最も、北側に位置する渓流の中でも古くから登山者には、ハイキング・コ−スの一つとして知られていた。渓流(沢)ぞいの、登山道が整備される、ずっと以前から近隣・住民の生活から続く、利用場所として現在でも途中の山腹に、炭を焼く釜の名残を見れる。

この『沢沿い』のハイキング・コ−スは以前から表・六甲山の喧騒・賑やかさと違って、静かで、落ち着いた雰囲気が残っていたので、意外と遠方から『六甲山」に登りに来る人達にも名の知れた人気コ−スとして知られていた。

夏場・暑さの厳しい山域の中でも、この谷は日陰が多く、水流・横を歩く「清涼感」も手伝って、沢登り、を楽しむ人達が名を知る前から、渓流コ−スとして人気を得ていた。ただ、知名度的には表・六甲の他のハイキング・コ−スの様に雑誌に写真が出ることも無く、雰囲気が変る事も無かった。

変化が出たのは「関西の沢」が、沢愛好家や手近な「六甲山」で、少しばかり「沢歩き」を楽しめると情報を知った登山者が増えてからで、その後は、お決まりの渓内に弁当の捨てゴミが増え出す、結果が残っただけだ。

時代と共に、渓内の「砂防堰堤」も増え出し。入渓地点の住宅地が造成され、次には渓・初めの入口辺り・頭上には、高速道路が建設されて、この「渓」も、残念ながら自然環境・雰囲気
共に大きく変貌してしまった。

『関西の沢』を、語る上で最も、多くの愛好家に情報として影響を与えた「ガイド・ブック」は、弊害も生み出していて。イメ−ジの悪化・グレ−ド評価による「沢」の価値・基準を単純化してしまい。ガイド・ブックの中で『沢の1級』と、明記されるだけで、即・最も簡単・入門者向けの『沢・渓』との、評価を決定ずけられた、のは端的な例だろう。
結果は「滝」を巻きに巻いても、濡れる手間?嫌って、省いてコ−スを歩けば、一種の「完登」気分を味わえる。
誰が、見ている訳でもない「山の中」での、活動なのだから、「滝」を登った登らない・そういった評価は大切ではないので、この『沢』を、登ったという人達は、かなり多い。その人達の中には、沢登り、がハイキングとは違う事を理解していない人も、いた様で、感覚の中で違った『価値判断』を持った人達が『同じ場所』の体験を、全く違った「経験」で、同じ言葉の中だけで理解しあっていたような時期もあった。

『六甲山』では、あの大地震、によって山地によって崩壊した
場所が多数あり。地滑り・山斜面の崩壊・危険箇所は見た目
よりも実は、数多く存在している。地盤の弱さは、他の山域と
比べても、花崗岩の風化・状態や老齢期とも言われる「山」
そのもの、そういった特性からも危険度は大きい。
そういった「環境」は、沢筋に、おいても顕著で。山田川・水系
の、『地獄谷』も、決して安全な「沢」とも言えない。

『沢』を楽しみ始めてから、私は40年・近くの年数を経過して
『六甲山』での、沢や滝での経験も地元と言える環境なので
同じ『渓・沢』を、長年・見て、実体験の中で変化を感じている。

変貌、著しい「表・六甲山」の、大月地獄谷・等と比べれば『沢』
としては、まだ「裏・六甲山」範囲の「沢筋」は地震の影響を受け
ている、箇所は少なく。失われた・と呼べるほどの被害で消失し
た場所は、無いが。『堰堤』『河川・工事』『住宅地・造成』の影響
は、急速に進んだ。以前に、遊べた『滝』も、今では「堰堤」建設で
姿を消してしまい。分断された水流は、水質の悪化を加速させて
支流・谷沿いの山からの小さな、水流も徐々に消え出している。

(左・写真)砂防堰堤が、滝上に設置される以前の滝登り。面倒な、堰堤・横の階段を今は・登る。

『入渓・地点』の、地形も大きく変化した。

この「写真の滝」が、ある年の冬に『完全・結氷』見事な氷の造形美を見せて、くれた事が一度あった。
すかさず、家に戻り。アイス・クライミング完全・装備でチャンスを利用した。其れ、以降・この「滝」が、完全・結氷した条件には、出合っていない。

『渓流・内』の、滝・部分にも変化が見られる。
元々、岩質が弱い「滝」部分が、存在していたので
今、現在も注意が必要。

視覚障害者のハイキング・クラブ「かざぐるま」メンバ−が、大勢・参加して『山田川・地獄谷』にて講習を実施。

国内でも、視覚障害者が、これほど多く・参加しての『沢登り講習会』は、珍しいとの事でTV局からの取材・撮影の申し出があった。

国内でも『視覚障害者』が、このタイプの遊び
沢登り、をプロガイド指導・主催の企画で体験
したと言う、例は殆ど無かったので、取材に関し
ては、同時期に数社からの「申込み・問合わせ」
を、頂いたが。何処を、選択するかは、私には
簡単だった。

担当者が『理解』しているか、ただ・それだけの
理由で、充分なのだから。

この『沢での企画』を、実施する前に・当然だが、基礎的な技術・指導は、『仁川渓谷の岩場』などで、参加メンバ−とサポ−タ−参加の晴眼者も含めて、行っておいた。
そういった、実情も知らず。
『危険』と、文句を言って来る者が相も変らずいたのが、この「ジャンル」特有なのかも知れない。

この『渓』では、その後も視覚障害者メンバ−参加での、講習・企画を、何度も実施している。そういった、情報が広く知られると一般の理解者や障害者サポ−トとは、関係も無く。活動・支援に興味も抱かない、単に「渓」を遊びに来ている、他の登山者と同じ・渓内で出会う機会が、どうしても増え出す。それ、事態には何ら支障も、問題もないのだが、擦れ違い方・常識の範囲で非常に無礼な、見かけ「ベテラン」の態度は、毎度の事ながら・感心しない。

眼が・見えなくとも。私の仲間達は無用な、アドバイスにも、応援にもならない。くだらない発言は聞こえる。

手伝う、意思も気持ちも無ければ。理解度にも、関心も無いのに何かしら、声を・かけてくる者達ほど、大抵は、この種類の活動の本質は見ていない。大人に、対して・視覚に少々のハンディ(障害)が、あっても。子供や幼児に向って、喋る様な言葉遣いは、明らかに『失礼』であり。礼を失している。

本人達は、それを「優しさ・の表現」と誤解?している様だが、それは違う。ハンデイが、あっても個人としての尊厳や、大人としてのプライドは、同じなのだから。沢・渓内での行動。滝でのクライミング時の、安全な確保は、私が充分に責任を持って担当しているし、サポ−タ−に加わってくれているメンバ−の人達も、そういった技術を使える人達だ。

自分達を基準に、そして『眼が不自由』では、無い事を優位性として、困難度や危険度を主張するのは何か、おかしい。

体験し、楽しむ『自由と権利』を、理解して欲しい。

TVや、新聞社からの・記者やカメラマンを含めて大勢の取材スタッフ等と、山を歩いていたり。沢やクライミングの
『場』にいると、反感や・嫉妬を感じる事は、多々ある。

それを、誤解と言えるほど・環境が向上・発展していると思えれば良いのだが。その場の「空気」は、読めるものです。

30年、近く・感じている『視線』が、それほど山の世界では大きく、変化している、訳では在りません。

その『変化を期待し・望み』活動しているのですから。

『親子・家族、参加での企画』実施にも、適した環境です。日帰り講習として、阪神・範囲でも便利な場所ですし、公共交通機関のみでの、入山にも便利な沢コ−スです。

【六甲山・山田川・地獄谷での渓流、沢登り講習コ−ス紹介】

2006/04/04 (火) 23:41:51