公園・などでの活動で仲良くなった『仮設住宅』に、移り住んだ子供達を誘って六甲山の沢で『シャワ-・クライミング』を楽しみに行く。
サポ−トには、私のクライミング講習に参加していた若者達も参加。

この、同じ時期に京都や大阪から、無遠慮に『六甲山』に遊びに登りに来て、麓の
仮設住宅や小学校に緊急的に、設置された『避難所』に、山歩きの帰りに見学気分で、立ち寄った馬鹿な組織の登山者が多数。山歩き、ハイキングに来るには、あまりに時期としては、早く。来るなとは言えないが、その後の『野次馬・根性』は低俗だ

西宮市の市民グラウンド「野球場」に、突貫工事で設置された「仮設住宅」に住む、子供達を2回に分けて誘い同じく、西宮市の浜側の子供達も数回に分けて遊びに誘った。一軒、一軒の家に、お伺いして、お母さん達に趣旨や危ない、遊びでは無い事を説明しに廻るのが、中々に大変だった。交通費を節約するために、少し苦労する子供達には、社共のボランテイア活動で移送関係で使用している「車」を、借りて来たり。仲間内のメンバ-に、面倒を見てもらうなど、色々と「山での活動」以前の、準備が大変だった。

石井君には彼女、共々に、お世話になった。実施後に社協の担当者から情報が、漏れてしまい。数社からの取材の申込みを頂いたが、懇意にしていて信頼出来る(某・新聞)に1度だけ、情報を提供して(ボランティア活動)の、記事として出た。
震災直後の、あの寒気。冷雨の季節が過ぎて
夏休み前としては、水量や川底の状態も含めて
『仁川渓谷』での、シャワ-・クライミングは最適
環境だった。
ほんの、数日の違いで『水量や水流』が変化する。
理由は、農業用水路への水門の開け閉めや、上流の北山ダムへの取水・調整によるのだが、今回の講習時は6回ともに水量の多い時に子供達を、誘えたのが良かった。

最近は、こんなに子供達と手を
つながない・・・・・

(橋本さん、石井君カップルが、積極的に手伝ってくれた)

『企画・実施』時の、保険を当時は所属していた西宮市の『社会福祉・協議会』の、ボランティア活動の範囲で実施・了解を得られた。当然な事だが自分のプロフエッショナル・ガイド・ジャンルの保険も、責任の範囲として使う覚悟での実施・企画だ。
文句を言っていた山屋さん、自分では何も、しなかったのでは?

被災後3日目に、私は背負い切れない装備を、引き摺って梅田を歩いたが、声をかけて手助けしてくれたのは、たった一人の女性だけだった。似たような、もんでしょう。
この『企画』を、新聞紙面で見てか、『無料・講習』への参加・問合わせ?予約を電話で申し込んで来た
『馬鹿者』が、いたが。震災後の、あの雰囲気、現実とは無縁な、方の様だ。何処の『会』なのか
聞きそびれて・しまったが。
同じ、聞き覚えのある『声』を、数年後に又、電話で聞いたが他所のスク−ルなり、ガイドの方で
「キャニオニング」して下さいね。

私が二つ目に。移った避難所も季節・名所だった。ついでに、覗きに来る「観光客」や
アマチュアの写真・愛好家のグル−プが、入ってくる事は、確かに数度あったが、比較的そういった
人達は遠慮がちであり。自分達の行いが、決して褒められた行為で無い事を自覚している雰囲気だった。(子供達の写真は、私が写させなかった)

そういった、意味で対比して見ると、震災被災後の3月・4月に六甲山・近辺でのハイキングを
終えて、山から降りてきた「ついでの」避難所・見学に来たハイカ−達は、無遠慮で人情味の薄い連中だと思えてしまう。(某)どっかの登山組織は、復興の、お手伝いと銘打ってハイキングに来たが、何が支援なのか?大々的な、うたい文句を書いたパンフレットを読みながら、不思議な感触に捉われてしまった。
古い仲間が、入って活動していた『甲東園』近くの、小学校の避難所にも、似たようなハイカ-の女性3人が来たと言っていた。気の毒に、を連発して何も手伝わず。帰っていったそうだ。気の毒なのは、その人達の頭の中だろうに。
活動期間に懇意にしていた『ツマガリ』さん、から定期的にクツキ−類を大量に支援・提供して頂いていた。2006年、最近になって店長さんに当時の御礼を述べる機会があった。社協の方の企画で実施した『落語』等で、バイクで走り回っては和菓子の提供先を探していた時に、洋菓子では『ツマガリ』さん、が唯一の支援者だった。

今でも、家族とツマガリのシユクリ−ムやケ−キの大フアンです。
この『企画・実施』時にも、子供達のお菓子
を西宮市・甲陽園の『ツマガリ』さんから提供
して貰った。

私の個人的な『活動・期間』で考えると
実に大量の『焼き菓子・類』を頂戴した。
そういった支援の現実は別に公表されたり
広告に利用される事も無く、私達の感謝の
記憶だけ。甲陽園のお菓子工房:ケーキハウス ツマガリ
人の不幸時に『山道具』等や必需品を利用して
暴利・収益を求めた、どっかの店とは大違い。
毎回、一日中・皆で良く笑った『渓での遊び』
この種類の企画を、気楽に実施出来る環境を
持って、いられたのは『ガイド冥利』だと思った。

『新聞報道』等では『ボランティア活動』の一種
として、少しばかり目立つ取り上げられ方で企画
を紹介していたが、この種類の遊びの提供を別
に『ボランティァ』とは、私は呼ばない。

出来る事を、出来る範囲で、、出来る時に。

沢が好きで、仲間が集まり、子供達の笑顔が
見たかっただけの事だ。
『六甲山』を知り、使える能力と手助けが得られて
企画に集まる『子供達』と、理解してくれる『親達』
そういった環境が、たまたま揃った。
同時期に『復興支援と称して』この辺りの山道に
わざわざ遠方から、集団ハイキングに来ていた
どこかの組織の人に少しは手伝って欲しかった。
各回、企画の実施時の『仁川渓谷』の、水量は十分で子供達には冒険の感覚
水門の開放期間は少ないので、この機会に遊ぶ。