アイスクライミング情報 No2
基本的な『アイス・クライミング』技術やスタイル面の意識は、私に関しては。この写真を撮影して『岳人』等の、紙面に解説を書いていた頃と大きな、違いや目標とするスタイルでの隔たりは少ない。

一時期の「アイス・クライミング」に、おけるフリ−か、エイドかの論争や、プロテクションの設置時に一時的にアックス類に、体重を預ける行為に関しても用具の発展と改良に伴ない、技術的な問題は徐々に、より良いスタイルや方法に移行する事を、体験から学び知っていたので、その時点での最良の選択や安全基準を、誰かに指図されて決定すべき等の、意見やアピ−ルに賛同する事も無ければ自分のスタイルを、誰かに主張する必要性も感じていなかった。
1970年代の後半から、80年代に関西・在住と言われる私が、頻繁に登山・雑誌、紙面に出る事を関西・周辺のクライマ−。特に、直接・私との交友や出会いの、無かった人達は不思議に感じて、いた様だ。夏は穂高や海外。冬季は八ケ岳や南アルプス方面でならば、関西範囲のクライマ-や、登山者とも、頻繁に出会っていた。

六甲山の『堡塁岩や不動岩』等で、ごく・たまにしか私を見ない人達には、更に不思議だった事でしょう。それ程、私は居住地『生活の場』の関西で、落ち着いて暮らしてはいなかった。
特集号での『技術系ガイドとモデル出演』に、解説と同じ、この号では『雑学・関係』のペ−ジにもアイス・クライミング関係の、雑学・情報を執筆していました。

この『項目・欄』は、かなり字数制限が厳しいので、文字通りの『雑学・範囲』でしか、情報や知識を書けないので、ある意味で文章練習には良かったのですが、何か、いつも書き足りない思いが、残るコ−ナ−でした。


この『雑学ペ−ジ』には、私の得意とする技術系や観天望気や、自然保護・関係の文章を、かなりの量を書かして頂けました。幾つかの、私の執筆・担当した項目は、後に単行本として編集・構成された本にも出ているはずです。
1981年から84年に、かけて赤岳鉱泉小屋の『雪山キャンプ地』に定着して
単独での、主要ル−トの継続数は当時としてはアイス・クライミングのル−ト
と八ケ岳・周辺での『バリエ−ション・ル−ト』範囲では日数内では最多。

現在『クリスタル』と、呼ばれている美しい氷柱に、最初に挑戦したのも私達
そういった、当時の探査的なアイス・クライミングや実験的で、自分達の能力を引き上げる目的での、新しい活動・クライミングは殆ど、記録を書くことは無かった。書く為の、時間的な余裕も、あまり無かった頃だ。

1985年12月号

MCS国際・山岳プロガイド 舟橋 健
続に『デッドマン』と呼ばれるプレ−ト形状の深雪・埋設置『確保・補助具』は日本国内で実際に使用している
クライマ−は少なく、使用頻度・購入利用者の多くは『スノ−バ-』と、呼ばれる機能面では同じタイプの用具を
愛用している人達が多い。最近DMM社から超軽量タイプの『デッドマン』が発売された。これまでの
金属プレ−トから、材質そのものが進歩した。この種の用具類は数十年間『基本形』に、殆ど変化が見られず
使用方法に関しての、普及や必要性を認識する『活動』や、積極的に使用する『場』の記録が広く知られていなかったジャンルなので、新たな最新タイプが新たな可能性を開く、手伝いになるかも知れない。