渓谷・渓流でのゴルジュを含む『激流・滝』の突破に潜む危険と挑戦
白い暴れ竜、伝説を連想・想い出す『白濁・濁流のゴルジュ』を前にして、撤退か前進かを思案・ここから生きて帰還するには、高巻きは最後の手段となれば、ゴルジュ突破に全身全霊・持てる力を、振り絞るしか方法は在り得ない。沢ならば、この状況で、逃げ帰るか、危険を回避する為に労力を惜しまず、植生へのダメ−ジや、環境保全など無視して、あらゆる手段を講じて高巻く・それが常套手段だ。

敢えて、濁流に飛び込み、無謀な行為に挑戦するか、側壁の弱点から可能な限りの技術と用具を駆使して壁の横断からの突破に、成否を懸けるか。こういった状況での『選択』に、沢での嗜好性・指向・求める世界が端的に現れる。誰も、見ていない渓奥・山中での冒険に、喝采も観客の存在も、在り得ない。

近年は『ゴルジュ突破』の表記を記録に、目にする機会も増え出したが、30数年前の『渓谷登攀・論争』以前に時代を、先取りした感で果敢に『未知の課題に挑戦』していた、少数の先輩達は、確かに存在していた。

『草鞋の会』にも、当時の遠征至上・主義派の『山岳部』や『先鋭的なクライマ-集団』にも、所属せずに己の限界と可能性に、果敢に挑戦していた僅かな人達は、挑戦の対象を奈良県・南部の渓流から、黒部の谷へと向う、視線を向き始めていたそうだ。
登山・専門雑誌の『記録速報』にも、クライマ−が、たむろする・駅前でも彼らの話題を持ち出す者はいなかった。ゴム製のフィンや水中眼鏡・ウエットス−ツに、ビ−ト板代わりの発砲ウレタンの切り出しプレ−ト等、現在から、考察しても時代を数十年は、先取りしていた彼らは、黒部の奥谷に入渓する前に、山から降りて再び、山の世界には戻って来なかった。モ−タ−サイクルや他のスポ−ツへ、彼らの意識と活動・舞台は変わっていたので、彼らの足跡は完全に消えてしまった。
国内にY級・限界グレ−ドの様な閉塞感が、蔓延していたクライミング環境の中で、最初に小川山にてグレ−ドの上限『Y級+』の、実例を示した廣瀬氏や、ピオレトラクションの用語も知られていなかった頃に改造したアックス・ピックで垂直の氷瀑に、挑戦を開始したM氏や、その技術を日本独自の刀剣・製造から発展させて新しい用具を、海外のビッグ・ル−トで使った、先輩ガイドを含めて、今ある技術や経験の前に実践体験・記録を持つ人達が、いる事を忘れがちなようだ。渓流ジャンルにも似た、ことが言えそうだ自分達が、はたしてオリジナル・ジャンルの開拓者なのか、それとも継承系の後発者なのかを、自覚している事は大切だ。

稲藁で編み上げた『草鞋とコハゼ固定の、地下足袋』しか、履物が存在していなかった時代の『記録』と防水性・保温性・快適性に安全度も格段に進歩・向上した時代の『渓の記録』を、比べる事・じたいが、不遜ではある。同じ土俵で、状態で現在の沢愛好家は、太刀打ち出来ないだろう。『トポ/ガイド本にル−ト図』に関しての、論議も少々うるさく感じる、選択の自由を無視しての論議は不要。それぞれの行動者には、自由の権利と共に、命に関する責任も負うのが、この種類の遊びの前提・基本なのだから。30数年前に、最も過激とも思える『渓の冒険』は達成されている。クライミング要素を追及した、本物の渓谷やゴルジュに後継・後続者が求めえる『夢』は数多く、存在しているのは幸いだと思える。情報に技術と、装備を加えて、新たな発見の世界は残されている。
『地下足袋と草鞋・履き』から、フェルト・ソ−ルの『渓流シュ−ズ』
に基本的な用具が変化したから、対象となる『課題』が変ったと
思われているが、初期のパイオニアワ−クを目指した先輩達が
用具や装備、以前に『意識面』で当時の現状、限界・範囲を超え
ようと努力していた事は忘れられない『事実』

いつの時代にも最先端・そして、その当時には異端と見られる活動
や目標を持った少数の、人達は存在していたようだ。
『登山・専門雑誌』の情報程度でしか、歴史的な経緯や発展の流れ
を読み解けない場合には、過去の情報は、あまりにも断片的。

以前から『記録を公表しない』優れた実践者は『渓流ジャンル』にも
大勢いたようで、クライマ−の世界よりも、それらの人達の数は多く
記録『未発表』だから、初登と言えない部分も、幾つかの山域には
残っていて、遊び以前の『生活・圏内』での糧を得る為の活動で渓
の秘密を知っていた人達も、この国の自然環境を考えれば、きっと
多いはず。
そういった意味で『山岳渓流』での、本当の意味での完全遡行や
完登というタイトルには、『滝の突破』が重要な鍵となる。
生活範囲で『滝上に登る必要』も無く、特殊な宗教的な意味で困難
と危険を越えた人々・以外に『滝に挑戦』する必要性は生じない。

『シャワ−クライミング』は、個人の遊びなので困難度・危険率を判断して『滝やゴルジュ』を突破するかどうかは、遊び方・渓でのスタイルの問題だけだから、コ−スとして渓流、渓谷の流れを見るか『ル−ト』として見るかで、実際の活動は大きく変化する。
死を間近にして、生涯の全ての『記録』を焼却したと伝えられる
登攀者も、実在している。
『沢・渓谷の世界』においても、雑誌公表の記録も持たず、他の
同時代の実践者の、予測・範囲を遙かに超えた活動を実践して
いた方達も、実際は多いようだ。

呆れるほどの距離に時間を『沢』に賭けた実践者の噂話しや
伝播情報は、痛快そのものだ。
『渓谷登攀・論争』の、最中に自力・独立の行動で一つの記録
を生み出した、人達の活動は雑誌・投稿者の人数よりも、確実
に多い。
『本格的』が、『本書くてき』と揶揄される由縁でもある。
ヘルメット・スポ−ツの仲間から、完全に離脱した現代の『スポ−ツ・クライミング』の危険は、他のアウトドア・ジャンルの活動と比較して、加速度的に『安全性が向上』している。

沢では、ヘルメット不要のジャンルは例外だ。
『危険』の、概念と現実が違う世界へと離れて
『クライミング』は、乾いた岩場もしくは天候や自然条件に左右されない、完全なインドア・ジャンルのスポ−ツーと移行しだした感がある。
『沢登り』が『シャワ−・クライミング』と名を変え出しても、用具や装備が機能的に向上しても、渓での危険は消える事は無く、普及の度合に比例して危ない行動者を増加させている。
雑誌の影響は、非常に大きく『危険』な表現が増加している。普及・一般化に危険意識を持っているガイドは多い筈だ。『キャニオニング』の流行・メディアでの露出が、増えるにつれ益々、危険を知らない人達の渓での事故や遭難が予測される。
製作・進行中