前年『96年』と、同じ参加者で、裏・六甲「山田川・地獄谷」を使用しての「バリアフリ−沢・講習」

『大阪の、数百人の会員』が加盟してるとか・・

それだけ。大きな組織なのに一人の少年に
力は、貸せないと。

あれから、20年は過ぎたが、あの時・ここで
出合って「障害者に無理」と、区別(差別)した
沢屋に見えた、大人達は今も渓を楽しんでるの
だろうか?

聴覚障害者であの無理解なのだから、今日の
私の仲間を見たら・・・・

時代は、進歩しているのだろうか・・

指導カリキュラム・想定される危険の回避手段に、緊急時の対応策「保険・項目」サポ−タ−の教育


募集要項は『登山・関係の雑誌』にも掲載されたが、一人も連絡は無かった。
子供達にもサポ−タ−として頑張ってもらった。山には、それほど関係の無い人達
に『山でのボランティア活動』を、御願いする
この状況・現実は少し複雑な心境。
20年ほど前に、この『沢』を聴覚障害者
の友人達と登りに来た時、不公平を感じ
疎外を身を持って受けた記憶は、今は
忘れた。忘れられるほど楽しめる環境が
今はあると、そういう時代だとも言える。
テレビや雑誌で見たから、理解を示す。
その程度の変革では、意味は成さないけれど
山の中での『視線の変化』は感じられる。
97年6月15日の記録
たった数十年で大きく自然環境が変化した
渓流です。視覚・聴覚障害者の参加した沢企画
の実施場所としては、最も初期の段階から利用
して来た場所の一つですが、2003年・以降から
は、他のエリア・コ−スを利用する機会が増えて
この『渓』を使う、頻度は減少しています。

『滝・部分』に剥離・崩落・箇所が存在しているの
で、その辺りの問題も使わなくなった理由。

水質も、何か以前よりも上流の堰堤箇所の止水
箇所が悪いのか?清流時期が少ない。

ここでも、終了点に設置した『アンカ−・システム』
が回収されてしまった。
意外と高価な残置物だったので、シヨックは大きい
この参加者とは2006年・新年早々、偶然に阪急『梅田』で再会しました。琴の先生です
ロ−プは確保の為。実際の滝でも歩行箇所でも直接のサポ−タ−補助・支援が必要な遊びです
『六甲山』の沢が楽しめるのならば、当然・次は千ケ峰の『三谷渓谷』でのシャワ−クライミングも充分に障害者が楽しめるコ−スとなります。兵庫県には、このコ−ス以外に視覚障害者メンバ−が沢を楽しむ事が出来た沢コ−スが20本・以上あり。それらの『沢』は、その冒険的で意欲的な挑戦により、価値を高めました。
『雑誌・情報欄』に、投稿すれば必ず掲載される程度の内容の実際の『チャレンジド企画』は多分
この30年間で、国内外で100本は軽く越えていると思うが、私は出す気持ちを持てない。

片足・義足での『滝谷ド−ム西壁』両手・両足の傷害での『屏風岩』聴覚障害者のヨ−ロッパ・アルプスでの
本格的なクライミング挑戦。視覚障害者の六甲山でのクライミング等、今から20年〜30年も前からの事だ。
震災時の大きな傷跡が、まだ充分に補修・癒えていない『仁川渓谷』入口の住宅地・前にて。

クライミングの体験・講習会を行った時。視覚障害者が6名・参加して、これらの基礎講習から沢の企画へと『夢は続いた』
晴眼者には不要な『箇所』だが、抜かれた
ボルト跡を見るのは、毎回の事ながら少し
悲しい。
講習実施の『渓流』の危険性や技術的な問題を、考えるとアプ−チは少し長くなっても良い『コ−ス』を選択するしかなくなってしまう。車道横から、全く労無く入渓できる『ル−ト』を視覚障害者メンバ−に、利用して貰える場所を何年にもわたって捜し歩いているが、中々に条件が満足出来るル−トは少ない。結局はハイキングでのアプロ−チ対策に最大限の工夫を加えたり、普段の山行から、不正地・歩行でのトレ−ニングを積むのが重要だ。いきなり『沢登り』体験と言うのは、無謀で危険なのだから。
クライミング『岩場』の利用回数でも『仁川渓谷の岩場』は、関西範囲でならば最も使用が多いのだが、震災後・以降の『沢・渓流』での利用も、実は最多。多分6年〜7年の間で、大阪・京都・神戸、範囲での視覚障害者メンバ−と、難病児童の参加プログラムで20数回は利用している。下・写真はクライミング講習の実施後に入渓口の車道で、次ぎの企画に関しての説明と当日の参加者に少しアドバイスを、しているところ。丁度、震災から2年目の頃か、まだ修復工事が完了していなかった頃だ。
残置されている事に、何か重大な支障があるのだろうか?『たった1本のボルト』の、存在が許されないと言うクライミング理念や思想が、北山問題から急速に波及しているようだが、思いやり?感覚とか意識は失われ出したのは、かなり寂しい時代だと思えてしまう。
この渓流での『企画』は関西ロ−カルTV局から数度・ニュ−ス映像用での取材を数度・受けているのでテレビ映像で一般の沢愛好家に存在が、広く知られてしまった。その為、最近では私達・以外の他パ−ティ−と渓流内で前後して企画を進行しなれればならず『大滝』範囲で、人数の多い私達は他・登山者の邪魔と見られる場面が生じてしまった。中には、明らかな不快感を表情で見せる『沢屋』さんも、実際に存在している。
97年の、この『渓流プログラム』にはテレビ局からの撮影スタッフを含めて、かなりの人数が加わった。前年の『ニュ−ス映像』の影響も、おおきかったのだがボランテイア参加としてのサポ−タ−人数も増員。同一『企画』への、他社からの取材申し込みを数社・断る結果になってしまった。
『視覚障害者のハイキング・クラブ』対象の『沢登体験教室』
『山の世界』での『チャレンジドへの視線』は、以前に比べれば優しく成り出した様だ。しかし、その視線が『フリ−・クライミングの世界』で、期待できるかは2005年の例を見ても懐疑的に成らざる得ない。