奈良県・天理・国見山
 『山頂周辺のボルダ−・エリア』
私が林君・率いる大阪の若手クライマ−達(OCS)と、休日・平日を問わずに精力的に
関西範囲での新しい『クライミング・エリア&課題』の、発見と開拓に集中していた頃に
後に冬季アイス・クライミング環境も期待できるとの、情報を知らせてくれた伊東君や
大阪・奈良・南部の若い連中からも誘われて、いつもの様に気楽な気持ちで訪れた
『国見山・山頂』直下に点在する、馴染み深い「花崗岩」のボルダ−。

『大阪・南部から奈良』範囲で、クラックの岩場が注目され出した頃と時期が重なり
最も初期に、ボルダリングの課題として入山したのは、大阪産業大学のメンバ−か
京都仏大のWV部に所属していた、顔見知りの若いクライマ−だったと思われる。

ボルダ−の言葉も知らず、フリ−クライミング・ム−ブメント導入・以前の更に古い
世代の登山者やクライマ−が、手頃なエイド練習の場として「ボルト打ち」に使用して
いた痕跡が、その頃にも残っていたので「ゲレンデ」とは呼べない範囲で、この山頂
でクライミングを楽しんでいた先輩達が、いた事は確か。

この『ボルダ−』がクチコミ情報・以外で紹介されたのは、幾つかの『課題』が六甲
近辺まで『情報』として知られ出してから、数年後に今は廃刊となり「岩と雪」以上に
そんな「専門雑誌」あったの?と聞く世代が多い、現在となっては、すっかり過去の記憶
に近い「クライミング・ジャ−ナル」1986年の21号。

丁度・私が南紀『白崎の岩場』を、初めて紹介した記事を投稿して掲載された同じ号
だったのと、『仁川渓谷の岩場』に、同じく私が開拓した真珠岩の自然崩壊の記事を
OCSの林君が報告していたので、記憶に残っていた。
『情報公開・グル−プ』1984年にボルダ−としての価値を発見して、実質7日間の
活動で約20本の課題(プロブレム)を設定したと報告している。
国見山・山頂へのハイキング・コ−スから、比較的、容易に各ボルダ−に向えるので
発見・開拓者も含めて、その後に更に『課題数』は増加していた。

代表的なボルダ−は『国見岩』『捻挫岩』『国見の顔岩』『国見の口岩』『マントル・ロック』
北山公園の例を、見るまでもなく「このエリア」は、更に発見の可能性を秘めていた。

80年代に数回、訪ねてから『殆ど公的な情報』を目にしていないように思う。
情報としても『忘れられた岩場・ボルダ−』の範疇に入るのかも知れないが、環境が
変化していなければ、まだ利用価値・遊べる山域の『ボルダ−・エリア』だと感じる。
記録・写真・情報を現在、補修・整理中 06/11/20 (月)

『当時の写真』を持っていそうな人達と、少し連絡が取れ出した。震災時に被害や影響を受けなかった地域に住んでいるので、写真・情報が入手できるかも知れないと、期待して待っている。