岩場情報
滋賀県・湖南アルプス(天神川・周辺)クライミング・エリア
1980年代・前半から関西・範囲では、それまでに広く知られず、使われていなかった『岩場』での
フリ−・クライミングが、積極的かつ果敢に実践され出した。新しく『発見・開拓』されたと報告された
岩場の多くは、70年代・以前の登山者やクライマ−の手によって、ボルト連打でのエイド・クライミング
練習の「場」として使用されている場合が多かったが、兵庫・滋賀・奈良・大阪・近辺で、同時期にフリ−
クライミングで、再生・整備された『岩場は多い』それらの、岩場の整備に関わった人達は、ごく一部を
除いて、それまでに小川山や、いち早く関西エリアでフリ−・クライミングの、先例を受けたボルダ−・エリア
での体験を元に、自分達の『地元の地』での実践に傾ける情熱により、それまで殆ど位置的な知識があ
っても本格的な『課題』の解決や発見に見放されていた、名も無き岩場やボルダ−を、新たな視線と技術で
甦らせた功労者達だが、散発・分散した当時の記録を、今現在・詳しく覚えている者は少なくなった。

そういった意味での『継承系クライミング』の良き・伝統もしくは、文化に育つべきクライミングの歴史が停滞
してしまい、私は惜しいと思っている。

この『ロ−カル・エリア』も82年から、86年の間に大阪のOCSメンバ−に誘われて、同行する事によって
存在を知った『岩場』の一つだ。古い『ハイキング・ガイド本』に、数点の露出した大岩が「白黒写真」で出ているのを、高校時代に大阪・梅田の『紀伊国屋・書店』で、立ち読みで見ていた記憶があったので場所と岩場の位置関係は、凡その見当は付いた。
当時の写真は、全く残っていないが『被災後』に消失した訳ではなくて、どうやら当時・一緒に課題に取り組んでいた若いクライマ−に『現像写真』と、共に『ネガ』まで、渡していて返却されず、貸していた若いクライマ−が、その後クライミングを止めてしまって、彼の仲間達にも所在が判らなくなってしまったらしい・・・
『完全に失った記念写真』他の、多くの記録・写真と違って、縁があれば再び『写真』を見られる機会は巡って来るかも知れない。