アイスクライミング用プロテクション
クライミング・ジャンルの中で、比較的・新しい『プロテクション・ギア』としての安心・現実的な確保システムや技術が確立して、ほぼクライマ−の共通認識として、ある程度の普及品が利用され出した『パイプ・スクリュ−・ピトン』の誕生は、原形は意外と古いが最近では当たり前の様に、考えている片手での氷面への設置・捻じ込み方法が完成したのは、『カム・ディバイス』等の、機械式カムが採用されて、数多くの類似製品が世界中に広まったフリ−クライミングの『プロテクション・ギア』の発展から比較すれば、かなり遅くなってからだった。

スクリュ−・ピトンの性能が飛躍的に向上したのは、氷河・硬雪フィ−ルドでの使用から、本格的な『ウォ−タ−・フォ−ル・アイス』での、アイスクライミングへ活動領域が拡大したからで、パイプ・スクリュ−その物の厚みや
先端部のデザイン状の、改良・工夫が最大の改善・改良の要因。以前ならばハンマ−の打撃でさえも、スム−ズにはアイス・ピトン先端部からの氷面への食い込みが、時として困難で氷自体の、破壊を引き起こすデザイン状の問題点も、鋭いスクリュ−先端部の切っ先部分が氷面を切り崩し、破砕した氷をスクリュ−・ピトン本体のパイプ内部から、円滑に外部へ放出出来る『システムの完成』で、一つのギアとしての完成に近づいた。
初期の単純な『パイプ形状のスクリュ−・ピトン』の、欠点を克服したのはシュィナ−ド
モデルから採用された、パイプ構造を刃先に向けて、テ−パ状に広げた工夫による
成果だ。この構造上の進歩は、それまで困難で厄介だった氷へのピトン自体の捻じ
込みを、格段に容易な作業へと変えた。

この先端部の改良は、刃先部分の鋭利さと薄い、角度面との改善と共に相乗効果を
生み出して、最も抵抗が少なく氷面から内部へと、ピトン・パイプを侵入させられる。
理由は、刃先が氷面を削って、食い込み始めると当然・引き起こされるパイプ外周
からの、氷への破砕抵抗を『空洞パイプ』内部へと、細かく粉砕・削り出した氷片・粒
がスム−ズに移動して、刃先部分から緩やかに広がっている、テ−パ−角度が次ぎ
の氷内部へのパイプの侵入を助けるからで、この形状を使用していなかった、過去の
パイプ・スクリュ−だと回転で食い込み始めると同時に、パイプ面と氷面との摩擦抵抗
は絶えず、緩衝し合いパイプの長さに比例して、抵抗は強くなっていた。

先端部が緩やかだがテ−パ−角度で開いていると、先端部の切っ先を回転して氷面
への初期抵抗を過ぎると、回転進入は初期抵抗から、過度に増大しないのでスム−ズ
に進入する事が可能となる。
ワンハンド(片手)でも、捻じ込み設置が可能となった『高性能スクリュ−・ピトン』
の登場から、アイスクライミングの技術難度は飛躍的に向上し、スタイル面での
試行錯誤・発展も急激に進み出した。この新しい『用具』の登場から、殆ど全ての
同一タイプのパイプ形状に、螺旋刃と鋭い切っ先を持った、先端部が特徴的な
『パイプ・スクリュ−・ピトン』が、似通ったデザインへと模倣して行く。
回転部分の効率を改善した製品や、ハンガ−部分がオリジナルとは異なるタイプ
等の、細部の改良は進んでいったが『オリジナル・デザイン』基本の性能を超えた
製品が生まれて来たかは、疑問。パイプ径の変化は、最近では殆ど見なくなり
螺旋刃の工夫や、回転ハンガ−の可動部の改善、更に回転式・捻じ込み方式の
ピトンの宿命である、円形に回転させる為の補助的なハンドル等が、各社から
毎年の様に、変化した製品が販売されていても『基本形』から大きく変化して更に
性能・機能面で、格段に進歩・発展した『アイス・ピトン』は出て来ない。

初期の『打ち込みタイプ』のアイス・ピトンの、最終的な進化モデルはスクリュ−
タイプのピトンが、まだ進化系・途中の不完全なタイプだった頃に、その役割も
終わりに近づいていたようで、大きな飛躍的な進歩も無く現在まで、新しいタイプ
の製品は出て来なくなった。
単純な丸棒の先端を削り、先端部から小さな返しを、削り付けてリングを溶接固定したシンプルな形状の硬雪用
『氷河で使われたアイス・ピトン』から、鋳造された四角い棒状や平板形状へと進化して、後に針金程度の金属
丸棒を、まるでワインのコルク抜き・の様に螺旋加工した『初期のスクリュ−・アイス・ピトン』は、最盛期にはサイズや長さも実に、多様で多種類が登場していた。

1920年、頃から普及し出した初期の『打ち込みタイプのアイス・ピトン』の、代表的な製品の多くがドイツ圏内で
製造され、同じタイプは同時期のイタリアやフランスでも使用されていた。この時代に、使われていた岩用の単純
な形状のピトンを長く、鋭利な形状としてピトン本体に引き抜き方向に、刻み目を入れる等の工夫を加えた物が
最も初期の『硬雪・氷河』で、使い出された『アイス・ピトン』だろう。

当時の『基本形アイス・ピトン』の現物は、殆ど日本には未入荷で情報・記録としての、写真も残ってはいないが
海外のクライミング情報・歴史記録の中には、イラスト図や使用時の記述は残ってて、オ−ストリアの山岳博物館でも、オリジナル・タイプの標本が展示されていた。
長さは現代的な『アイス・ピトン』よりも長く、頭部の形状は当時の『ロック・ピトン』と同じ様な形か、リングを後付
した物だった。この種類の初期の『アイス・ピトン』が、本格的な氷で使えたかどうかは、かなり疑問で打ち込むと形状から判断して、必ず打撃による『破砕力』が生じたはずで、引き抜き方向への加重にも耐えれる構造を充分には備えていなかったと考えられる。また、この形状の『アイス・ピトン』が、しっかりと打ち込まれた場合には逆に回収は非常に困難な筈だろう。
そういった根本的な理由によって、単純なロック・ピトンからの流用・改造品では、本格的な氷で確保手段としての役目を担えない事が判明して、氷を破壊せずに設置する事が出来る新しい『アイス・ピトン』の要求が生まれて、打撃での打ち込みとは異なる方法が考え出された。

『アイス・シュラウベ』一般的にはスクリュ−・タイプと呼ばれている『捻じ込み方式』を採用した、新しいタイプの
『アイス・ピトン』は、1950年代に原形が登場して、1960年代には各国で実際に普及・使用されだしている。
まるで太目の針金を、簡単に加工した様な『マロワもしくは、マロヴ゛ァ』タイプと、称された『アイス・シュピラ−レ』
を、私も1970年には実際に使用していたが、この頼りない『コルク抜き』にも見える『アイス・ピトン』が、、墜落の衝撃を食い止めてくれるとは、最初から信じてはいなかったし、実際に水流が凍った『小さな氷瀑』での使用は毎回、期待通りに食い込んではくれなかった。

欧州・東部アルプスの氷河での使用が前提で、目的生産された、これらの不思議な『アイス・ピトン』は、日本にも数多く入り市販品の数も、意外な程に多かったのだが、厳冬期の水流が凍結した、硬い氷(ウォ−タ−・アイス)には、実際は思うように効かなかった。『コ−ク・スクリュ−』と呼ばれた理由は、当時に実際に、これらのピトンを使用して幻滅を感じたクライマ−が、まるでコルク抜き程度の強度で本格的な氷瀑では、思っていた様には役立たなかった、思いを込めての揶揄的な表現だ。

実際に私も高校生の頃に、針金を少し太くした様な、このタイプのピトンを何本も、藤内の氷や近い沢の比良の
氷で曲げたり、破損して嫌と言うほど無駄金を使わされた。
元々が国内・山岳に『氷河』を持たない日本でのクライミングでは、ロック・クライミングの進展・発展と比べて
『アイス・クライミング』に、関してのクライマ−の欲求や希望も少なくて、遠く海外の氷河を持った山々への憧れ
を現実的な課題・目標として、国内での冬季登攀に情熱を傾け、かつ新しい技術と用具に対しての研究や技術
そのものに対して積極的に精力を傾けないと、初期の『アイス・クライミング』での、実践は行なえなかったと思われ、氷瀑・氷柱などの本格的で困難な「課題」に、挑戦する機会は得られなかったと推察できる。

それでも、当時の単純な『打ち込み式アイス・ピトン』や安全性が全く、保障されない、見るからに頼りない丸棒に螺旋刃が付けられた「コ−ク・スクリュ−」程度の装備で、先輩達は『アイス・クライミング』の世界に立向かった。

ドイツ・イタリアで積極的に、各種の新しい工夫を凝らした『アイス・ピトン』が、製造・造られ出した頃にはマロワ型の欠点を、克服すべくフランスで幾つかの既存品を元とした、改良が行なわれた。イタリア・グリベルやカシン・タイプの半パイプ・U字状パイプを作用した『アイス・ピトン』と、同時期の製品類で細く、強度面でも不充分だった形を、よりピトン本体の直径を太くして、以前の単純な螺旋構造の刃に氷に食い込ませる場合の、進入方向と合わせた刃を採用した事で、いたって単純な原理だったが、この工夫は後の『パイプ・スクリュ−』の、発展へと引き継がれた、重要な改良ポィントだった。

アイディア面のピトン本体の形状の変化は、平板や角柱状の力学的に考えても、氷に打ち込んで確実に埋め込むのには『氷の破砕』を引き起こす、欠点は解消されなかったので徐々に打ち込んだ、ピトンが氷を割り始める・破砕力を分散させたり、ピトン自体を完全な円柱(パイプ)形状に変化させて、衝撃・破砕力を吸収・緩和させるデザィンの、有効性が理解され始めた。

このパイプ型アイス・ピトンの登場から、現代的な最新の『スクリュ−・ピトン』や、打ち込み式としては現実的に唯一と呼んで良かった、一つの完成形としての予感を感じた『ロ−・システム』の『スナ−グ』が生まれた。

ある日・突然に、画期的な『用具』が生れたと言う例は非常に少なく、過去からの何かしらの恩恵と言う部分で
デザィンや機能面でのヒントや、工夫の種は存在していて、パテントさえ認可・承認されれば発明者と言う訳ではない。1980年からの10年間ほどの期間に日本国内では、幾つもの『新タイプ』『オリジナル』と銘打った各種の『アイス・ピトン』が誕生しては、市販品として山の店に出回ったし、雑誌の紹介記事は数多かったが、それらの新しいと制作者・販売者が、広告に上げる『用具』の、中で1920年代から50年代に生まれ出ていた各種の
『アイス・ピトン』と比較して、何か飛躍的な発想・デザィンの進歩があったと、判断できた「物」は、殆ど見受けられないと私は感じていて、機能・性能面での向上は機械生産の為の技術や設備が進歩した成果で、素材の進歩と金属加工が、時代と共に進歩した、恩恵を受けていただけで、日本オリジナルが生み出されたとも思えなかった。
故に、その当時に出回った『国産品』の『アイス・ピトン』は、日本以外のクライマ−に使用されて、世界中の壁で
使われたと言う記録も読まなければ、他国での評価も聞いたことが無く。現在・山の店の陳列棚に、姿を見せない。
『マルヴァ・アイス・シュピラ−レ』と呼ばれた、『アイス・ピトン』の原形
モデルが1960年代には、実際の氷河でのアイス・クライミングで使用
されて、1964年には『パイプ・スクリュ−・ピトン』=管式ピトンの初期
のモデルが利用されていたと言う。
この時代の、代表的な「ワロワ型』「アイスシュラウベ』=コルク抜き型
の『アイス・ピトン』は強度的な保障よりも、氷への抵抗を軽減させる
事をデザイン上の優先事項として、どれも細く、接合箇所や溶接部の
強度も見るからに、頼りない。
実際、大きな衝撃加重に耐えれる機能は有していなかった。
1960年代から、登場した『パイプ・スクリュ−・ピトン』は初め
ドイツのクライマ−が使い始め、パイブ形状を採用したピトンの
改良は急速に、欧州圏・各国で進んだ。

硬い氷にも使用できて、これ以前の他の全ての旧タイプの氷用
として使用されて来た『アイス・ピトン』の、最大の問題でもあった
『氷への破砕力』を、パイプ形状を使用する事によって、氷自体へ
の亀裂と破壊力を、吸収する事が可能となった。
この基本的な『性能』は、今現在の最も進化した『パイプ・スクリュ−』形状を採用した、全ての機能的な『アイス・ピトン』に継承されている。
『パイプ=管』形状を採用した、初期の『スクリュ−・ピトン』は誕生してから、ピトン本体に様々な改良・改善が
行なわれて、パイプ部分に『スリット』を加えて、凍結時の固着力を増やそうとしたり・後に、パイプを半分に割った形状(半パイプ)の『アイス・ピトン』も登場した。代表的なモデルは、オ−ストリアの『スチュバイ・モデル』で日本での使用者は一時期・多かったが、パイプ(管)内部で凍結して取り除くのが困難だった『氷栓』の、除去の問題は解決できても、実際の『プロテクション』としての、強度・支持力は当然ながら半減以下で、補助的な使用に適した『アイス・ピトン』と、私は考えていた。

利点は強調されて『広まった』が、基本的に理解すべき欠点に関しての、記述や評価を当時あまり目にする事
は無かった。現在では、殆ど、このタイプの『ハ−フ・パイプ形状』の『アイス・ピトン』を見る事は無い。
1960年〜70年代にかけて『アルパィン・クライミング』指向の、日本のクライマ−には一種の『バイブル的』
な教科書・マニュアルの位置を持って、読まれていた数少ない技術系の和訳本。
『glace neige et roc=GASTON REBUFFAT』著(国内での当時としては唯一の技術と用具)解説書
1950年〜1970年代の前半の、欧州での基本的なアイス・クライミング用具が紹介されている。
1950年代から『氷雪壁』と言う、日本特有?の使用範囲を
明記したジャンルで使えると、宣伝されて実際に購入・使用者
も大勢いた、本来はロック・クライミング用として発案・製造され
ていた軟鉄製の『ロック・ピトン』断面の形状が『コノ字・U字』
だった物を別けて、単純に名称として使用していた。
又は『チャンネル型』とも呼ばれる場合もあった。

氷河での使用では、ある程度の効力と実用性が認められてい
たタイプだったが、実際には日本の山岳では使える範囲が限定
されていた為に、草付や幅広のクラック等の氷とは別の使用範囲での応用使用が、評価されていたタイプなので、本来のアイス用として日本の冬季・氷瀑で有効に活用されて評価が高まった歴史記録は殆ど、見受けられないが一時期は各地で数多くの登山者に使用されていた。国産品も多く、出回った
氷面との『アゴ部』の接触部分を世界で、最初に『可動式』としたのは『グリベル』のア−ビス・タイプのスクリュ−ピトンで、非常に単純な止め金具的な工夫を採用していた。『アゴ部の回転』タイプは後に、他のピトンにも採用され出した。
初期の『アイス・ピトン』の伝統を受け継ぐ、単純な『ロック・ピトン』
を長く、先端部を鋭くしただけの物は、実用的とは言えなかった。

このタイプは、本当に硬い氷での使用には全く役に立たなかった。
強度的にも弱く。打ち込み時に、打撃力に耐えられずにピトン自体
が曲がってしまい、曲がった状態では絶対に氷雪で使う事は適わ
ず、氷に大きな破砕・破壊力を作用さす為に充分な効力を発揮しな
い事が判明してからは、岩用としても重量も嵩も増加していて使用
範囲が限定される為に、生産も販売も途絶えた。

こ長いサイズの『アイス・ピトン』を直接、握って硬雪・氷河の登攀で
ハンド・ホ−ルドとして利用しようと、後に専用の用具として生み出
された用具が『アイス・メス』と称された特殊な用具。
   1960年代に日本に紹介された時点で『正式な名称』が、正しく伝わらなかった『用具の一つ』
原形は(上・右の写真)タイプの平板状の単純な『アイス・ピトン』の応用・使用から、徐々に専用用具へと発展
改良されていった用具だろう。オ−ストリア製品が、初期の製造モデルで、日本にはドイツ・サレワ社の製品が
入荷していた。同時期にフランスのシャルレが、より堅牢なモデルを生産したが、『アイス・ハンマ−』類のピック
形状と角度に、飛躍的な改善が施され出した時期と重なり、この種類の『用具』の必要性は皆無となり、カタログ
には写真が出ていても、実際に使うクライマ−は非常に稀な消えだす用具の筆頭だった。

私は、『サレワ』と『シャルレ』の初期タイプを所有しているが『サレワ』製品は、一度の使用で普通の氷瀑で簡単
に先端部が曲がる、程度の粗悪品。とても実用的なアイス・クライミング用具等とは思えなかった。

『ピオレ・トラクション』も『ダブル・アックス』の技術も知られていず、実用的なアイス・クライミングに適した各種
用具類の使用・体験にも乏しかったクライマ−が、国内での冬季登攀を中心とした『用具・装備』の解説や技術
教本に関しての解説や紹介を、数多く出していた時期には、単に欧州・他、海外での登山・クライミング経験のみで様々な『用具・情報』がが、持ち込まれていたが、それらの『情報』の中には、思い込みや勘違い、もしくは単に語学力の不足などの理由で、全く役に立たないか、正式な名称とは異なる日本でしか通じない、理解されないような間違った名称での紹介・解説が通用していた。『アイス・メス』等は、その端的な一例だろう

『アイス・ステッチェル』もしくは『独語のアイス・メッサ−』を聞き間違えて『アイス・メス』と紹介したのかも知れない。一時期、国産・個人範囲のハンドメイド品も使用されていた時期があった。初期のパイプ・スクリュ−・ピトン
を捻じ込む為の『ラチエット』と、同じ様に非常に短い期間だけクライマ−が利用していた用具達の一つ。
私は、高校1年の冬に故・貫野氏に指導?を受けて、この『古典的・用具』を左手に握って『藤内滝』を完登した
経験がある。当時、正気とは思えない範囲の『アイスクライミング用具』だと、感じていたのは確か。
『サレワ・製品』は、数回の使用で先端部が曲がってしまうような用具だった。(下・写)は、2本目の購入品
1960年代から国産の『アイス・ピトン』が、数多く考案され販売されていた。この頃の日本で作られた『アイス・ピトン』は、1920年〜1950年に、かけてドイツやオ−ストリア・イタリアで考案・製作された、各種のオリジナル・モデルの単なる模倣品で、何か日本独自に画期的な工夫やアイディアが加えられたと、判断出来る「物」は、殆ど見受けられなかった。

当時は海外クライミングの情報や最新のクライミング・ギア類の改良や発展経緯が、正確には日本国内で広く、紹介されたり、知りえる環境ではなく、販売側からの一方的な『広告・情報』と、断片的な個人発信の遅れながら、断片的な情報が入る程度だったので、同じ時代で考えれば欧州で発展が続いていた、氷雪技術への参加や機会を、得るチャンスに恵まれていなかった。価格の問題が大きな障害では、あったが国産の当時の『アイス・クライミング』用として、普及していた『ピトン類』に関しては、『安全・基準』は、かなり低く強度面での不安や不満が大きかった筈なのだが、比較対比として他の海外モデルの、試用経験が決定的に少なかった為に、かなり問題のある『用具』でも、普通に市販され購入・使用されていた時代が、意外と長く続いていた感がある
『アイス・クライミング用』とは、宣伝せずに『岩・氷・兼用型』と説明されていた部分が、時代を感じる。当時のクライマ−の多くは、経験から本当の氷には、このタイプのピトンが有効ではない事を知っていて、実際には岩場での使用が主な使い方として、夏の雪渓などで使い方に『夢を見ていた』私も、そういったクライマ−の、一人だった。
ICE  PITON & ICE  SCREW  PITON
単純な打撃「打ち込み」式の『アイス・ピトン』んらスクリュ−・ピトンへの以降期間に登場した初期の螺旋刃を丸棒に加えた、コルク抜きタイプ(ワロワ・タイプ)のアイス・ピトンには大きく別けて2種類のタイプが使われていた。ハンマ−で打ち込んだ後に、回転させて氷に食い込ませるタイプは単純な針金タイプよりも幾分かは、使い易く強度も増加していた。
国産モデル(ICI)フランス・シャルレの同型タイプをモデルに日本で作られた
国産モデル(ICI)この長さの物が、使われる事が多かった。

国産モデル(ICI)全長が16cm
国産モデル(ICI)全長が12cm


オ−ストリア(スチュバイ製品)同時期のカシンやグリベル・タイプと同種類
スクリュ−先端部は鋭利だったが、消耗・破損しやすく本当に硬い氷での
利用には、制約が在り国産品の倍程度の価格で普及する事は無かった。


軟らかい水氷や雪渓などでは使い易いタイプで、比較的・安価な国産品
『カシン』や『グリベル』『スチュバイ』『シャルレ』等の、欧州メ−カ−から続々・登場して来た初期の岩でも氷でも使えると宣伝されていた『兼用ピトン』類は、日本では使用範囲が限定されていた為、主に岩場での利用者が多く本格的な『アイス・ル−ト』や『氷瀑・渓流』で、積極的に活用されたと言う記録も少ない。
V・W・X=国産の『カシンやグリベル』を見本として造られた、単純な形状の『兼用型ピトン』材質的に軟らかく耐久性に乏しかった。硬い氷での使用で、曲がる程度の鋼板・材質は岩用の軟鉄素材と同程度の強度値でやや厚い鋼板を使っていたが、一度・緩い曲がりでも入ると二度と氷では使えない欠点は解消されなかったY・Z・A=硬鋼材の『アングル・ピトン』が、登場するまでは唯一・幅広クラックで使えたV字・断面を持った
比較的、当時としては強度的に強かった『ピトン』純粋な氷では、氷自体を破壊する場合が多かった。
@ 国産(ICI)オリジナルの『チャンネル・ピトン』30cmの長さを利用して、使用された。
A
B
C
国産(ICI)オリジナルの『チャンネル・ピトン』軟鉄素材で製造されていたモデルだが、後に軽合金で同型
モデルが作られたり、『コノ字・型ピトン』として幾つかの改良タイプも生み出されて、断面にスリットを開けたタイプやクロモリ鋼材を使用した、強度の高いタイプも一時期・国産品として人気があった。
D イタリア『カシン』
E
F
『サレワ・モデル』を見本として日本で作られた『スパイラル・ピトン』一時期・人気が高かった。
このタイプの打ち込み・回転・回収型は兼用ピトンでは無くて完全に氷専用の『アイス・ピトン』
G ドイツ『サレワ』が生み出した、最も初期の打ち込み式『アイス・ピトン』としては完成度が高い実用的な
デザインと機能を有していた『スパイラル』の愛用者は多かった。この『アイス・ピトン』以前の物は全て
旧式となって行った。原形は『グリベル・タイプ』だが、完全に旧タイプの欠点と問題を克服していた。

オリジナル・デザィンはアメリカの『シュィナ−ド・ワ−ト・ホッグ』らせん形状の打ち込みタイプの『ピトン』の
考案者はチョコスロバキアの写真家『Milun Doubek』が、1968年に、基本形を造り出したと言われて
いる。当時としては、硬い氷に最も有効で回収時にも一回転させれば引き抜ける、機能は優秀だ。
オリジナル・モデルの『ワ−ト・ホッグ』が、他のアイス・ピトンとは異なる高品質のステンレス鋼材を使い
製作段階で手間が、かかる『型』を造って1本・1本、製作されていたのに比べて『スパイラル』は比較的
大量に造り出せる製作工程と、通常の合金を使用していた為、価格面の比較でも安価だった為、日本で
は圧倒的に『サレワ・モデル』と、このピトン・デザィンを模倣した類似・国産品の使用者が多かった。
『イボノシン』や、その他の製品名?名称で呼ばれていた『アイス・ピトン』も、その基本形はオリジナルの
シュィナ−ドの『ワ−ト・ホッグ』からデザィン上の特徴を、真似た物が殆どで性能面でオリジナル製品を
抜ける『物』は、誕生しなかった。

国産品の類似ピトンの中には、粗悪な物も一時期・出回っていて価格が安かった事から利用者も増えた
が、強度の不安を考えれば危険な用具が販売されていたものだ。
H

N
同時期に多数の種類のサイズを生産していた『国産モデル』サレワの『ワ−ト・ホッグ』や『パイプ・スクリュ−』の登場・以降は純粋な『アイス・クライミング』で使われる事は、ほとんど無くなって行く。
1944年に登場したと伝えられているパイプ・スクリュ−(管式)ピトン=(アイス・シュピラ−レ)
は『アイス・クライミング』での安全を飛躍的に向上させた、画期的な発明品だと考えられる。
製品化されて、日本で最初に広く知られて使われ始めたのは『サレワ』のパイプ・スクリュ−だが
僅かな期間で、他の欧州メ−カ−から様々な同種・改良タイプが出回り始めた。

『シュィナ−ド・チュ−ブラ・スクリュ−』が、登場したのは『欧州品』の後だったが、後発で登場した
シュィナ−ド・モデルは『サレワ』よりも、強度面で40%高い支持力を有し、重量の軽減にも成功
していて、カラビナ・ホ−ルを力学的に有利なア−モンド型を採用するなど細部に改良・工夫が加
えられていて、材質面でもクロモリ鋼を使用してピトン表面の摩擦軽減やパイプ内部の氷の除去
にも『サレワ・タイプ』を越えた性能を見せた。シュィナ−ド・モデルは、その後も改良が進んで現在
市販されている『タイプ』は、世界中で最も信頼され愛用者も多いだろう、パイプ・タイプのピトンと
して、完成形に近ずいた『プロテクション・ギア』として評価が高い。

当時として、次に画期的だったのは『スチュバイやカシン』から発売された、半パイプ・タイプの氷用
『アイス・ピトン』で、当時は半パイプ・スクリュ−の性能を高く評価して、薦めるクライマ−は非常に多かった。半パイプ・タイプの最大の利点は、パイプ内部の氷を取り除けて軽量な点

この当時は、このタイプの『アイス・クライミング用ピトン』の名称を『チュ−ブ・ピトン』と呼ぶクライマ−が多かったと記憶していて、ICIなどのカタログにも『チュ−ブ型アイス・ハ−ケン』と記載されていた。『パイプ・スクリュ−』と呼ぶようになったのは80年代に入ってからだろう
誕生時期や考案者に関しては、記述の違いが大きく断定は私には困難だが、諸説・情報の中から判断して
1994年『Fritv Sticht』の考案によって誕生したと思われる。時代的に前後・近い年数・範囲で『螺旋デザィン』を採用した物は、考案者により『Steiclle スパイラル・ハ−ケン』と命名され、L型やV型の次ぎの「アイス・ピトン」として、普及していったと考えられる。

(上・写真・資料)1970年〜1980年代まで広く、紹介・販売されていた『チュ−ブ型アイス・ハ−ケン(ピトン)』
最もピトン本体が長いタイプは35cmも、あって現在では見られない長さだが、当時は選択・基準の中に長い物が良いという「信仰的」な推薦理由が通用していて、購入者は意外と多かった。海外登山に目標を持ったクライマ−が、積極的なフィックス・ロ−プの固定・支点として、採用・使用していた。冬のテント場に残されていた物も確かに、あったが国内の氷瀑ル−トで実際に活用されていたのか、どうかは疑問だ。

この当時、これらの『パイプ部分に穴を開けた』改良タイプは、使用後のパイプ内部の氷を取り除ける唯一の
機能で、ジュラルミン・テント・ペグがパイプ内部の氷を、取り除く用具として薦められていた時代だったので
少しでも、楽ができると言う機能は、多くのクライマ−の興味を引きつけた。

【O】=フランス(シモン)の『パイプ・スクリュ−・ピトン』まだ、海外製品がサレワ等を含めても充分に満足できる
ほどに多種類・多数、日本国内に流通していなかった頃には注目を集めていた。材質が国産と比較して、強度
に安心感の高い、ニッケル・クロ−ム鋼を使用していて、他には見ない螺旋(ねじやま・部分)にシモン独特の
2条タイプを採用していて、支持力も高まっていた。パイプ径も当時としては最も細く、硬い氷での使い易さを求めていた、当時のクライマ−には魅力的に見えた製品だった。
実際に何本も、使ってみたが『アィディア』が見えたほどには、機能・性能面が秀逸・優秀だった訳では無かった
『パイプ・スクリュ−・ピトン』は、徐々に改良されて刃先・パイプ径と、本体の内部・研磨やハンガ−部分を可動式に変更して、凹凸のある氷面での使用に、融通が効くように工夫したり、材質面も含めて改良が進んでいく。(下・写真)ハンガ-部分が、使い易くなった改良タイプの『パイプ・スクリュ−』

性能面での『最大の重要ポィント』は大きく二つ。まずパイプ形状の先端部に、付けられた螺旋刃の
適正な角度と、切っ先を含めた鋭利さ。刃部が、いくら鋭くても角度が適正でないと、破砕した氷が
スム−ズにパイプ内部へと入り込まない。表面と内部の摩擦抵抗を可能な限り、減らす為には金属
材質と、滑らかな表面加工が必要で製作工程での仕上処理や、耐蝕加工も重要。
メンテナンス時のシリコン・スプレ−等の使用や、螺旋刃の保護も重要なポィント。
近代的な『アイス・ピトン』だが、21世紀のアイス・クライミングでは少し古く感じ出した
@ 打ち込みタイプの『アイス・ピトン』として、最もクライマ−からの支持を得たアメリカ『ロ−・システム』
『スナ−グ』と、呼ばれていた強度面での信頼度は高いモデル。ハンマ−・イン・スクリュ−・アウト
方式で、打ち込んで回収は回転させて、氷から抜き取るシステムを完成させた。

使用方法は簡単だが、打ち込む氷面の状態を観察・見極めていないと「アゴ部」を回せず回収が
困難になったり、長時間の設置後はパイプの、凍結で回収時に周囲の氷を、破砕・叩き割っての
労力が要求されるなどの問題は残っていた。打ち方には、少々の「コツ」が、あり本当に硬い氷に
完全に根元まで『打ち込む』には、腕力も必要だった。

現代のリ−シュレス・スタイルで使うのには、無理がある『アイス・ピトン』と考えられる。
A 世界で最初に『パイプ・スクリュ−・ピトン』を登場させた、ドイツ『サレワ社』は60年代から80年代
に、かけてアイス・クライミングの歴史の中で、非常に価値の高い『用具』を生み出した。
『ワ−ト・ホッグ』の次に、作り出した『アイス・ピン』は『スナ−グ・タイプ』の打ち込み・回転・回収
方式の『パイプ゛・アイス・ピトン』で、材質に高品質で強度もある、ステンレスを使用していた。

基本モデルの『スナ−グ』と比べて、打撃力がパイプ中心から先端に素直に集中していてミス・ヒット
の危険が、僅かながら少ない設計。パイプ内部の氷の除去に関しては、まだ不充分だと感じられる
点と、重量的に少し改善・改良が求められていたが、高機能パイプ・スクリュ−・ピトンの、登場と共に
『スナ−グ』も含めて、利用価値が減少。

      重量と使い易さ・労力を比較してスクリュ−・タイプの、新型モデルと比較されて
      次第に利用者は減り出した
B 打ち込みタイプの、最後の改良モデル。『スナ−グ』を除けば、初期から発展・改良が続いたタイプのピトン
の中では、一定の評価を受けていたが『打ち込みタイプ」が、本質的に有していた氷に破砕・破壊力を作用させる、欠点は完全には克服できなかった。特に日本の水流が凍結した、硬い氷での実践的な使用で利用価値が高いとは判断できず、愛用者と呼べる使用者からの評価も聞かなかった。

当時の販売価格から考えても、普及するタイプとは呼べない。私も使用体験は持っているが、個人で購入して使いたい種類の『アイス・ピトン』だとは、判断していなかった。

『シモン・カスケ−ド・テ−パ−・スクリュ−』21cm・ワンサイズという欠点も問題だった。
C 『ICI タピス・スクリュ−・ハ−ケン』国産モデルとして、最後の製品になりだしたオリジナル製品。
テ−パ・デザィンを採用していて、ピトン本体に3本の溝を加えていて打ち込み時の氷面への破砕・破壊、衝撃を緩和させる工夫が施されていた。重要な『刃先』は最悪・タイプで改良が望まれていた
個人的には『パイプ径』が、細過ぎると感じていた。氷河での使用ならば問題無かったのかも知れない。

価格的に使い易く、一時期は使用者が多かった。回収にはコツがあって、時として困難な構造上の問題もあったが、私も使用していた。発売・初期の価格は海外製品と比較して安価な訳では無かったが、私達の購入時期には『荒川』で残置用として用意するピトンに使える程度の価格帯として利用できていた。
D 上・枠で説明済み
同時代・範囲で『韓国製・アイス・フック』を私達は愛用していて、国産の類似品も数種類・誕生したが
素早く、設置できるという利点を除けば『強度』には不安が大きかった用具で『確保』用のギアと呼ぶには
問題があった。しかし、厳しい条件下での精神的なプロテクションとして利用価値は高かった。
『パイプ・スクリュ−・ピトン』の優秀性が理解され出した頃、それまでの単純な『捻じ込み方式』の棒状の先端を鋭くしただけの『スクリュ−・ピトン』は、完全に過去の『用具』と理解された。

『ワ−ト・ホッグ』とシュィナ−ド『オリジナル』意外に、打ち込みタイプで実用的な『アイス・ピトン』も登場しなくなり、アイス・クライマ−が自身の命を預ける『プロテクション』として、『パイプ・スクリュ−』と『ワ−ト・ホッグ』及び同じ打ち込みタイプの最新・進化系の『スナ−グ』の3種類が、基本・標準『ギア』として最も評価が高く、日本国内でも、真面目にアイス・クライミングの世界で難度も含めて、活動・領域を広げる意欲的なクライマ−は、他のこれらのオリジナル・タイプの模倣品も、取り混ぜて準備する事が基本と成った。

同時期に欧州に渡る機会があった少数のクライマ−には、シャモニ−等で東欧圏のクライマ−達が持ち込み、闇商売的に売り歩く日本では目にする機会も、まず無かった非常に軽量な『チタン製パイプ・スクリュ−・ピトン』や、同じくチタン合金を使用してハンド・メイドの幾つかの、新しい『クライミング・ギア』を購入する機会も多かった。
現在では『各種クッカ−・食器』から、コンロ類やクランポウ・アックスからスノ−シャベルまで、各種類の山用具時計や金具類まで、様々なアウトドア関係の装備の「金属・素材」として広く使用されている『チタニウム』を使った『パイプ・スクリュ−・ピトン』は、クライマ−の間では『チタン・スクリュ−』と呼ばれて、人気があったが、この当時は非常に貴重で希少価値が高かった『用具』は、一般的に国内で市販されてはいなかった。
流通経路・販売も聞かなかった。まだ鉄の壁が残っていた頃には、東欧・ソ連からの入荷は難しく個人的に
欧州で直に、購入してくるか僅かに他の国や、交友関係での入手で使用していたのが実情。

同じ『チタン・スクリュ−』でも、かなり性能や材質にも『バラツキ』が、あって運悪く粗悪なタイプを購入して来た
クライマ−も大勢いた。デザィン的にも、品質面でも均一ではなく、刃先に加工・改造が要求される物もあり
使用者は、それぞれに自分の工夫と努力で改造を施して使用していた。

私も80年代の前半に他の多くの日本人クライマ−と同じく、シャモニ−のキャンプ場で明るい東欧クライマ−
の笑顔と、チタンの怪しい軽さに、財布を開いて8本ほど購入したのが始まりで、その後も懲りずに渡欧ごと
に、購入意欲に負けては『チタン製品ギア』を購入。中には、優秀・機能的な物も、あったのだがアイス・ギア
としての『ピトン類』は、やはり改造して使用する必要を感じて、数本は無駄にしてしまった。
しかし、この当時としては軽く扱い易く、他の多くのクライマ−が所持していない『チタン・スクリュ−』は有効な
必要ギアとして現場で充分に活用していた。
現代・最新の『アイス・クライミング用プロテクション・ギア』
シュィナ−ドとトム・フロストにより誕生した、進化した『パイプ・スクリュ−・ピトン』と、ロ−システムの同じく
近代的な『スナ−グ=打ち込みタイプ』は、使い方の違いは別として、この二つの信頼度の高まったアイス
クライミング用プロテクション以前の、いかなるタイプよりも実際面のアイス・クライミングで有効で、過去の
数多くの『アイス・ピトン』の出番は、殆ど消え出していた。
新しい二つの『アイス・ピトン』からの、発展・改良型の『アイス・ピトン』も、続々・登場したがパイプ径を太くし
たり、ハンガ−部に板バネを加えて、小さな『ラチェット機能』を付属させたり、材質面での改良も含めて改良
品は、幾つも誕生したが新化系の第2世代の『アイス・ピトン』としてのクライマ−からの評価は、どれも低い。
特に、初期の『ロ−・システム』の『ラッツ・スクリュ−』はスクリュ−先端の刃先が3枚で、日本の硬い氷での
使用には適していなかったし、ラチェット機能にも不備が大きかった。次に改良が加えられ先端部が4枚に増えた、同系モデルも『パイプ径』の太さを、補うだけの工夫が成されていなかったので不評。

『ロ−・システムのラッツ』は当時のパイプ・スクリュ−・ピトン類の中で最もパイプ外径が23mmと太く、一見
すると、氷瀑での効きが良く、安心できそうに感じたが、実際には氷に食い込ませるのは容易ではなかった
柔らかな氷質や水氷には、充分に食い込むのだが寒気の厳しい環境下の、堅い氷には充分な効力を発揮
するとは言えなかった記憶が、私にはある。初期の使用品は特に、ピトン先端部のデザィンは最悪。
後の改良タイプも、パイブ肉厚がスム−ズな氷面への食い込みを疎外していた。パイブ本体・全長の殆どは
アルミで、スクリュ−部分のみ、材質が『チタン』といった工夫は成されていて、ハンガ−にスプリングを利用した、簡単な『ラチェット機能』を付け加えていたのだが、回収には充分な効果を発揮したが肝心のセッティング時に、そういった新しい工夫は机上理論通りには働かなかった。

『1987年・前後』には、ロ−・システムとシュィナ−ドから『ラチェット機能・付きアイスピトン』と、専用用具
としての『ラチェット』が発売されていたが、販売期間は短かった。同時期にアイス・クライミングでの墜落時に
衝撃を吸収する『エア−・ボイジャ−』が登場している。この種類の製品は、以前にも数種類が登場していたが、実用的な製品は少なかった。
(下・ワ−トホッグ・タイプ)国産・黒塗装のショ−ト・タイプ2本。かなりの本数を私は使用・草付や凍った泥壁でも酷使したので、曲がったり先端部が欠けて使い物に、ならなくなった物も多数。
(下・写真)最も初期の『シュィナ−ド・パイプ・スクリュ−・ピトン/先端部・改造品』&専用ラチエット
80年代の初めに、フランス「シャモニ−」等で個人・売買されていた東欧圏クライマ−の自作チタン・ピトン
購入時は平板状態のハンガ−だったのを、改造して使い易くしてある
ビバ−ク地での『アイス・ピトン類のメンテナンス』
5〜6本は、各地の氷瀑で下降用に残置して来て手元に無い
1978年〜1986年『シャモニ−』周辺の数箇所の、キャンプ場では
夏の最盛期に、東欧圏のクライマ−が行商的にハンドメイド製品の
各種クライミング・ギアを売りに来ていた。
特に当時の『チェコスロベニア共和国』からの、渡欧者には笑顔の
陰の苦労を感じてしまった。
まだ『鉄のカ−テン』の、彼方の国々が多くて浅学の私には、伺い
知れない世界のクライマ−達に、何かしら後ろめたい感覚を抱いて
彼らから見せられる、目新しい『用具』を購入していた。

『リジット・タイプのアイゼン』や、チタン製の小型プ−リ−、そして
超軽量な、同じくチタン製の特殊ロック・ピトン等も『スクリュ−・ピトン』と共に、私達は日本に持ち帰った。20年後の、彼らの仲間達
はシャモニ−以外の、クライミング・エリアでも頻繁に出会えて本当
の笑顔を見る機会にも、恵まれ出した。
ようやく、現金売買からフレンドリ−な共通の遊びを楽しむ異邦人
同士として『現物・交換』での、楽しさとコミュニケ−ションでの笑い
も見られる『世界』に、近くなりだした。