aid gear Hook/cliffhanger&Grapling hook
実用的な『フック』の考案と実際の使用で、知られているのはアメリカ
の『シュィナ−ド・モデル』が、有名だが原形として文献に出て来る同一
目的の『用具』は、かなり古い時代から考案されていた。
難攻不落の『要塞・攻略』の、歴史が長く続いて様々な戦略的な器具
や、垂直の城壁・壁を突破する技術が、進化していた、欧州圏では岩壁
に、おいても似たような方法論と用具は、単純な木製・棒や『梯子』と
共に、実際に氷河の通過や垂直の、短い岩場や崖の通過に使用されて
ある程度の『技術』も、19世紀の欧州アルプスと南部の前衛峰での登山
やクライミング記録に、それらを見る事ができる。

『スカイ・フック/クリフ・ハンガ−』の名称でクライマ−には、良く知られ
出した『初期のフック・鉤状の用具』は、ロック・ピトンの進化が急激に
始まりだした『カリフォルニア・ヨセミテ渓谷の岩壁』でも、改良・工夫が
開始されて、『シュィナ−ド』以前にも、同一の目的で使える『用具』が
実際にクライミングで、使用されていたと言われている。

『スカイ・フック』のネ−ミングは意味深で、利用し出したクライマ−は
垂直のトリップを実践し出していた。
多くの開拓クライマ−に、ボルトを打ち込む代りに、恐怖感と危険を代償に
論理面での優位性と、自己満足の極地。そして優秀な、そして勇気の
ある本物の『クライマ−』として、地位と他者からの評価を受け取った。

初期の『スカイ・フック』をボルト設置用に、使っていたドリル径に合わせて
ごく、浅い『穴』に、軽く叩いて使用する為に『改造』した物を、最初に使用
した『ウォ−レン・ハ−ディングの仇名=バッオ−』と、不正・不使用と
ボルトと同じか、それ以上に問題だと使用に関しての、論理面との矛盾
葛藤を端的に、表現して『バット』と称して『バット・フック』と呼ぶ。
(下・写真)は、初期の『スチュバイ製品』『(旧)シュィナ−ド・オリジナル製品』『比較的・新型のペッツル』
それぞれが、ドリル径や自然の浸食『穴』に適合するように、フック先端部を改造・加工してある物。
下から、二つ目の『タイプ』だけが『バット・フック』として、市販されている『アメリカ・PIAK製品』

上から、二つ目は英国メ−カ−の最も、初期の『クロッグ製品』先端部を凸型に、加工して小さな窪み
極少の『穴』での使用に耐えれる形状に仕上げてある。かなりの回数・実際に使用していて代用できる
『用具』は、今のところ何も無いので、私にとっては無くしたくない用具の一つ。
(下・写真)俗に「チョンボ棒=チ−タ−・フック・ステイック』ある種の『魔法の杖』私の知る限りでは
製造・市販品として、流通している種類の『クライミング・ギア』ではなく、大抵はクライマ−が適当に
自作しているエイド・クライミングでのみ、役立つ特殊な補助・用具。

この写真のは、超軽量ながら充分な強度を有した『超硬・強度のある、特殊な軽合金パイプ』にフック
を加えて、独自・機能を考えて自作した初期モデルの一つ。『シ−ルド』のソロに向かうと言う若い友人や、他の仲間の為にも数本・製作して、激励を込めて毎回プレゼントしている。使用者からの感想は、お世辞半分だが、概ね好評だ。最近も、新しいタイプを作成した。
(右・下から三個目)は、この種のフック類としては珍しい軟鉄・製品でフックの食い込み安定には優れていた『韓国製品』日本国内で販売されていないが、幾つかのタイプが、あって安価で独特の形を幾つ
か、生み出していて特大サイズも数個・南大門のシヨップで購入して来た。
『スカイ・フック』に代表される、各種・様々なタイプの『フック』は一般のクライマ−が、使う機会の最も少なく、フリ−クライマ−の多くには、一生涯・全く利用する、使用する『縁の無い』エイド・ギアの代表格だが、純粋系の『フリ−』を追求する、ごく一部の復古派やピュアなル−ト開拓に、立向かうクライマ−が存在する限り、フリ−クライミングの現場でも必要性は、僅かに残っている『ギア』かも知れない。

『下から、上へ』至極・当然、当たり前の様な『クライミング・スタイル』を、上からのロ−プによって作られるものではなく、下から登るクライマ−によって成されるべきだ・・・『グラウンド・アップ』という思想はモヨセミテを本拠地とした、カリフォルニアで『芽生えた意識・思想』だと、解説・説明し、フリ−クライミングの思潮・経緯・歴史を、何をかも、全てをカリフォルニア発信としたい、クライマ−は多い様だ。パラパントもキャニオニングも、同じ様な指向性・理想からか、同じ様に説明したがる、人達も存在している。
自分の信奉する『宗教』以外は、認めない『メッカ』の争奪戦さながらに理論と思想で、歴史を無視する態度は陳腐だ。

『啓蒙・活動』普及・過程でのアピ−ルは、当時のカリフォルニアの若者・文化の、高揚時期とも合致していて、バック・トウ・ザ・ネイチャ−やベトナム反戦。それらに符合する『アウトドア』『クライミング』への、意識の移行はアメリカの激動・時期とも奇妙に一致し、硬硬度の新しいロック・ピトン類の乱用から、引き起こされた岩場・クラックで何度も、繰り返して打ち込まれては、回収され、再び同じ繰り返しで『回復・不能な状態まで陥った・ピトン・スカ-』の、問題を端に発した『クリ−ン・クライミング』の、思想的な発展も、カリフォルニア発信だが、それらは大きな失敗に基いて、導き出された当然の帰結・結果。アルピニズムからクライミングに特化した、活動の歴史の中で、ことさらに下から、上へ・主張しなければ、ならなくなったアメリカ・カリフォルニアの、クライミングの原点への、復帰と見るべきだろう。『見本』は、過去に存在していたのだから。

ラッペル・ボルトのスタイルに電動ドリル全盛期の現代でも、人間ピラミッドに肩車、艱難辛苦?恐怖と苦痛で、論理・倫理面での自己充足・満足を具体化した『フリ−ル−ト開拓』の記録と価値は、ある種のクライマ−は忘れない。忘れる、以前に知らないクライマ−には、関係・興味の対象外なのだが、それは・それでも構わないだろう。

『1987年 CLASH OF THE TITAN/5・13b』 クラッシュ・オブ・ザ・タイタンズ
ラッペル・ボルトの容認に、端的に現れている高難度の「フリ−ル−ト」を、作り出すためには、伝統的な下から上へのクライミングの基本・姿勢・理念に、目標を捨てて、ある意味で何でもあり『フレンチ・スタイル』を、容認し出したアメリカのクライミングでも、モラル面と論理面で、『ボルトの使用』で示唆的であり、現実的に見ても、かっての『冒険的なクライミング』と『現代的なフリ−クライミング』を、融合させたル−トが誕生した。

『トウラミ・メ−ドゥズ』での、激しい新旧クライマ−の果てしない論争の最中、最も厳格なフリ−クライミング論理のクライマ−達の伝統(僅かな期間だ)が、引き継がれていた『ヨセミテ渓谷』での、論争に一石を投じたのは、文字通り『本家・英国』から、、かの地に挑戦しに来た『ジェリ−・モフアット』だった。
これは、一種の『ブラック・ジョ−ク』の、範疇かも知れない。緻密で、チヨックの使用は考えられない『ビウィア東面フェ−ス』の、未登の壁に『モフアット』は、フレンチ・スタイルを拒否して、一切のトップ・ロ−プによる『下見・リハ−サル』も、ラッペルによる岩場のライン確認や整備の手も、加えずに『初見リ−ドで取り付き』クラッシュ・オブ・ザ・タイタンズ(5・13b)を拓いた。

初見リ−ドで壁に突入し、クライミング途中に『スカイ・フック』を使用して、プロテクションの『ボルトを設置』更にクライミングを続けて、ボルトを設置後にロワ−ダウンで地面に戻り、最後のボルトを設置後に『レッド・ポィント』で完全・完登。数本のボルトだけを使用した、このクライミングでは確実な『プロテクション』を、設置するためのポィントで、下見が行われていない事から、必ず適当な『フッキング・エッジ』が現れる、使えるかは完全な未知数であり、長いランナウトは必至。『危険』を予測・想定しながら、危険を受け入れての『初登スタイル』は、保守派で頑固な『ボルト否定者』にも、一定の評価や理解を受けた。『困難と危険』を両立した、カリフォルニア・スタイルと『現代的フリ−のフレンチ・スタイル』の、融合的な出来事だったのかも知れない。
エイド専用ギアの代表格と見られ、使用される事が多い『スカイ・フック』が、フリ−クライミングの世界で活用・利用された最も、有名な実例だと思われる。
『アメリカン・エイド』と、呼び称される現代的な、様々な用具を駆使して『ビッグ・ウォ−ル』での、極力ボルトを使用せずに、高みを目指すクライミングは、名前の『アメリカ』は別にして、世界各地のビッグ・ウォ−ルと、それらの巨大な岩壁でのクライミングを、目指すクライマ−達によって、様々な岩壁で実験的なクライミングが行なわれている。何も、アメリカ本土だけで、実践されている種類のクライミングでは無い。そういった、例の一つがフランスの『ベルドン渓谷』で、石灰岩の300m〜400mの岩壁群でも、フッキング・テクニックを駆使した新しい『エイド・ル−ト』が、。開拓されている。

『ベルドン』と聞くと『200mスタテイック・ロ−プ』での、恐怖のラッペルを連想するのは『フリ−・オンリ−』
の、クライマ−の短絡思考と知識で、この広大な岩壁エリアでは、様々な『冒険』が実践されている。
『アメリカン・エイド』もしくは、新しい技術や用具の実験場にも、この欧州・南仏の岩場は興味深く多くの
ビッグ・ウォ−ル・クライマ−からの、視線と興味で見つめられている。
エイド・ル−トでのクレイジ−な『フッキング』に、まつわる話題に関してはアメリカを中心とした『クライミング』が、絶対的に多いのは事実だが、欧州圏内やアフリカ、その他の辺境地での『ビッグ・ウォ−ル』での記録にも目を見張るものが多いのも事実だ。登場して間もない頃から、この積極的エイド・ギア(フック)の使用に関しては日本人クライマ−は、あまり関与して来なかったが、90年代・以降から徐々に『アメリカン・エイド』の表現と共に、国内でも少しずつは実際の開拓クライミングで使われ出した。壁の傾斜が、概ね緩い条件下で使うと、これほど゜恐い用具は無いので日本の岩場では、連続的な使用は岩質の問題と共に、目を見張り驚嘆すべきと感じるほどには、まだ使われてはいないが、幾つかの『記録』の中には、凄いものも登場しているロック・ピトンに関しては、職人芸的な技術と評価されたり、表現されるがフック類の使用に関しては、まだ・この用具が本当の意味での積極的な使用で、ル−トが拓かれていないので、価値も一定の範囲から抜け出して評価を受けていないとも思える。

フランスの石灰岩『岩壁』は、ベルドンやカランク、そしてビュ−クスに代表される『フリ−クライミング』の前衛
舞台としての評価が高く、本格的な『ビッグ・ウォ−ル・システムとエイド論理』の、実践フィ−ルドとして使われている現実が、あまり知られていない。1970年代の後半には、フランスでは『パロア・ド・ラ・シュ−ル』にて当時としては、最先端の『エイド・クライミング』を実践していて、実に240mの巨大なオ−バ−ハングした岩壁でのクライミングでは、12mの完全なル−フがあり岩質は緻密で、デリケ−トなエイド・クライミングには各種ロックピトンが155本と、フックが使用されている。『ト゜ロミテ』での、過去のエイドクライミングの歴史から、石灰岩・岩壁でのクライミングはフリ−もエイドも、進歩・発展を続けていて、『パロア・ド・ラ・シュ−ル』を、開拓初登した、同じメンバ−『フランソワ−ズ・ボワサン』『フレデリック・ブルメロ』『シルバァン・カヴァリエ』の3人は、『ロシュ−ル・ド・プレスレ』の『赤い壁』にも、徹底したフッキングで新しいル−トを開拓した。330mの岩壁のクライミングで使用したボルトは10本。多数のフック・ム−ブを駆使して開拓された、このル−トでのクライミングは『悪魔のフック』と、名付けられ7日間にも及ぶクライミングでフッキング作業は、延々と続けられたと記録されていて、欧州・範囲で最も『フッキング』が、連続する最初のル−トとして知られている。

1970年代の、後半時期に日本国内では『ハ−ド・フリ−』の言葉が、ようやくクライマ−の間で使われ始め
た頃で、クライマ−が旧来の日本タイプのクライミングから、少しずつ脱却を開始し出した時期に重なる。
『エイド・クライミング』は、『奥鐘山・西壁』に代表されるロング・ル−トへの意識から、徐々に、より困難な
『ビッグ・ウォ−ル』への移行期・前夜といった感覚の頃かも知れない。『ラ−プとフック』に関して、何か刺激的で示唆に富む『実践・記録』が生まれていたのか、どうかは判らない。
穂高岳『屏風の右岩壁』や『南アルプスの岩場』そして、九州で実験的なクライミングは始まっていたようだ。
これまでなら観賞と傍観の対象でしか、なかった濁流
の滝芯にも、ル−トとしての可能性が見えて来た。

何も『ゴルジュ』の突破だけに限られたジャンルでは
ないが、以前ならば逃げるしか選択の方法が無かった
こういった『課題』にも、フッキング技術で対応できる。

間接的にせよ、直接的にせよ主にエイド・テクニックで
のクライミングだが、それほど簡単とは言えない。