『紀伊半島・周辺の岩場』 南紀の岩場
古くから新宮山の会や、地域・在住のクライマ−達が、主に山間部の岩場に目を向けて比較的、規模の大きな岩場に開拓の手を加えていた地域だが『海岸岩壁』や、海沿いに点在している岩場に関しては、あまり関心が寄せられず1990年代に入ってから、奥伊勢・方面から『楯ガ崎』『太地』等の、アプロ−チの良い場所から、これまでクライマ−の目に留まっていなかった『岩場』に、注目が集まり開拓・新たなル−トが増え出している。和歌山・太平洋側で最も初期からフリ−クライミング最適地として、日本では珍しいライムスト−ン(石灰岩)シ−クリフとして、、一時期、大きな注目を集めて評価も高かった『白崎海岸』が、観光開発と地域・振興の急激な『開発と場の利用・環境』が、クライマ−側との共存関係で、不一致を見ているようで、公認された『クライミング・エリア』として正式に了承・認可されていない現在は、暗黙の了承・目立たぬようにクライマ−が利用する程度の『環境』で、大きくクライマ−の利用できる『岩場』と表記し、紹介するのは躊躇われる。そういった岩場なので、現在も使用・関係に関しては交渉中と理解して節度を保って行動したい。
俗に『南紀』と、呼ばれる『太平洋側に面した、海の岩場』は、磯釣りで著名。クライミング・エリアと釣り人の関係も、考慮しておくべき地域だ。
『太地の岩場』 太地町燈明崎・側壁
『太地』は、日本の沿岸捕鯨と遠洋捕鯨の基地として、つとに有名な土地柄。現在でも、『鯨/クジラ』に関係した情報・発信と『クジラ博物館』に、代表される歴史や食文化が残る地域として有名。
紀伊半島・東側に位置し、冬季も比較的・温暖な地域でクライミング・シ−ズンは長いが、季節風と太平洋側の荒れた時期には、クライミング環境としては、かなり厳しい。地震・津波にも充分な注意が必要な岩場でもある。岩質は『石英質』の粗めの表面は、フリ−クションが効くが、風化の影響を受けやすい部分での剥離・落石には注意が必要で『南紀の岩場』で、良く目にする柱状節理・地層の露出した岩場は面白い形状の岩壁を形成している。

開拓・ル−ト紹介の多くは東 秀磯氏
『詳細・情報はRook&Snow−1998年(秋冬号)』
最近では『海側の岩場』が大きく、注目されてクライマ−の視線もアプロ−チが手軽な岩場にばかり向けられているが『南紀の岩場』の、開拓は意外と古くから行なわれていたようだ。
『那智の滝』に代表されるように、それほど標高も高くなく日本的な山々の連なりの中に、素晴らしい『沢・滝』が隠されている事に、注目した登山者は多い。そして『岩場』のイメ−ジが薄かった時代にも『南紀』にクライミングの場を求めた人達は多い。
『南紀・鷹取岩(新宮山の会ル−ト)』は、そういった時代の代表的な記録であり、岩場の一つ。
初登が1974年で、150mの柱状節理の岩壁は『南紀』の岩場の特徴を良く、現している。
周辺には『沢』で、良く知られた山域・エリアが存在していて渓流・側壁にも注目すべき場が多い。
『南紀の岩場』と聞くと、私は『白崎海岸と白浜』を連想してしまうが、現在では多くのクライマ−に、とって
『南紀・紀伊半島の岩場』として、最初に思いつくのは『シラクラ』らしい。クライミング・エリアとしての開拓は比較的、新しく1991年に本格的なル−トが開拓され始めて翌年1992年には、主だったル−トの開拓は終了して、記録の公表後に冬季も、比較的・利用しやすい環境だった事もあり人気が出て来た。
『石灰岩』らしい変化に富んだ形状の岩場で、アプロ−チ至便。
『詳細・情報は岩と雪147号』『Rook&Snow−1988年(秋冬号)
関西以外からのツア−途中で、立ち寄るクライマ−も多い。

奥伊勢山系の通年、穏やかな気候の山域の南側・斜面というクライミング環境は冬季にも、フリ−クライミングが楽しめる為、関西はもとより遠方からのクライマ−にも人気がある。夏場は、やや藪蚊が多いと言われるが、目立った害虫被害の話は聞かない、夏の問題点は関西の岩場では、どこでも同じく蒸し暑さだろう。
最も初期の開拓から、しばらくは地方の小さな岩場として大阪、以西のクライマ−の評価を聞く機会は少なかったが車利用時の駐車場に苦労する事が無く、他のエリアと組み合わせて南紀の岩場・巡りの途中に利用しやすい位置などの理由で訪れるクライマ−は、増加。その後に、車道側面の補強工事として、のり面工事が始まり「クライミング環境」が、失われるのでは、失われたと噂が流れたが、実際は一部に自然の岩場状態に変化が生じたが『クライミング・エリア』の存続は保たれた。最近では『日本100岩場・東海・関西』
にル−ト紹介を含めて、アプロ−チ等の情報も詳しく紹介されたので更に、訪れるクライマ−が増えた。
『盾ガ崎』この岩場を最初に発見したクライマ−は興奮したと思われる。南紀範囲でも、かなり辺境で交通の不便な海岸・岩壁と半島・先端部といった、一般的なクライマ−には目に触れる機会の無い場所の岩場なので発見・開拓に最初に着手したクライマ−の、着眼点や独創性そして、何よりも情熱には尊敬の念を抱く。
私は、たまたま講習参加者で後に穂高岳の本格的なクライミング・ル−トもガイドする機会に恵まれた、この地を海側から観察できる職業の方と知り合えていた恩恵で、この海岸岩壁とボルダ−の課題に触れる機会が得られたが、当時としては『白崎』の、発見を超えた驚きだった事を記憶している。