『アイスクライミング関係・雑学
『氷雪壁』での本格的なクライミングから、純粋な堅氷『ウォ−タ−・フォ−ル・アイス』での、アイスクライミングまで『スクリュ−・パイプ・ピトン/チュ−ブラ・ピトン』の、登場から達成された『夢の課題』は数多い。
今や、このタイプの『アイス・ピトン』の、存在なしにはアイス・クライミングの進展は在り得ないとまで思える。
打ち込むたびに、期待を裏切られ労力と腕力を浪費して、危険な賭けで突破した氷瀑・氷の谷での記憶は遠い。次ぎの段階では、ギリキリと音を立てながらも、ピトンの全長を食い込ます為にアイス・ハンマ−のピックでさえも破損する重労働と危険に耐えての、初期のパイプ・スクリュ−・ピトンに、5本も連続して叩き込む為のハンマ−労働で、本当に困難な箇所ではアックスを振るう、腕力も尽きかけた『スナ−グ』も、安心感は得られていたが、フイフイの御世話無には前進も、ままならなかった。

平板状の単純な、先端部でさえも本当に堅い氷面には、食い込まない初期の『アイス・ピトン』は岩場にこそ似つかわしい用具で、V型やコノ字タイプのチャンネルやアングルと呼ばれていた『アイス・ピトン』も、今から
考えれば、硬雪の氷河なら、いざ知らず日本の凍った谷の氷瀑や氷柱で使える場面は少なかった。
『アイスクライミング』とは、用具を駆使して登る典型的な『クライミング』だ。衣服を含めて身に付ける、全ての用具・装備の恩恵を受けてのクライミング行為は『フリ−・クライミング』の、表面的な概念・活動と比較される事が多かった為に『アイス・クライミング』での『フリ−』といったスタイル面での考え方の違いや、理想が個々のクライマ−で大きく異なる部分が、表面化して食い違いが生じていた時期もあった。
私の初期の『アイス・クライミングでのフリ−の概念』
スタイル面での実践方法は、立てるポィントでの支点
『アイス・ピトン』の設置から、次ぎの両手がアックスから
話せるポィンまでの移動を『突撃・方式』で、突破する事
で、プロテクションへの信頼度を高める為に、立ち位置で
複数の『アイス・ピトン』を、設置するのが基本だった。

この方法には、かなり危険が予想される。
まず、予測範囲や想定していた状況で、毎回・自分の思
い描いた箇所や場所で『アイス・ピトン』が設置できる訳
ではなく。両手を離せるポィントにも、必ずしも恵まれない
場合も在り得る。意地になると、プロテクション感覚が危険
な程に、離れることが多くて頭上からの不意の『危険』予想
していなった外的な危険から、全く保護されない点も含めて
自分で、判断して自由なポィントに確保手段を講じられない
欠点は大きかった。

氷に設置、又は打ち込んだ『用具』に自分の体重を預けて
ぶら下がる事は、アイスピトンをプロテクションとして利用す
る場合にのみ容認される、方法だと言うスタイル面での論理
を理解して、使い始めたのは私達は技術として第二・段階と
呼べる、時期から使えた方法だ。

初期の打ち込むのも、回収するのにも多大な労力と『運』が
必要で、体重を安心して預けて次ぎの作業に耐えれるだけ
の『支点』として、使えるだけの『ピトン』は私達の手に最初
から入っていた訳ではないのだから。
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『カッテイング』と呼ばれる、氷雪でステップやホ−ルドを刻む『技術』は現在では殆どクライマ−に使われる機会が無くなった。唯一、使用する範囲としてはアイスクライミング時に、各種『プロテクション』を設置する場合に表面の脆い氷を取り除いたり、直接的に氷を成型・加工して『アイス・ボラ−ド』等を、作り出す時に必要となる程度だが、確保態勢を安定さす為や、疲労字に足の筋肉を休める場合にも、最低限の技術として使えた方が良いのは当然。現在では『カッティング』に適した、ストレ−ト・タイプのピックを持つアイス・ハンマ−等を、積極的に使用するアイス・クライマ−は、殆ど存在しなくなった。『アイス・ハンマ−』の使用者は今では『沢の世界』で見る機会が多いようだ。
シャフトにしても『本物の木製』を、持っているクライマ−自体が少ないのが当然。
ショ−ン・コネリ−主演の『氷壁の女』という邦題の、映画のシ−ンで急峻な堅雪壁を登攀するシ−ンで最も初期の『アイス・ピトン』が、使用されている部分を記憶されている方もいると思う。題名との関連性は少し、食い違っているように思うが、実際に撮影された登攀シ−ンは数少ない、古典的な『アイス・クライミング』を再現している貴重な映像ではある。マニラ麻のクライミング・ロ−プに数個のカラビナ。確保に使用している『アイス・ピトン』は1本のみで、現代的なクライミング用具は殆ど登場していない。興味深く観賞に耐えれる、この種の映画の中では数少ない映画だった。
この『映画』で、特筆すべきは製作スタッフ側に英国の著名なクライマ−達が参加していたり、技術協力や
アドバイザ−として加わっている事で、その人材力は素晴らしいと感じられた。スコットランドのペック氏を筆頭にジョ−ブラウン氏まで、そうそうたるブリテイッシュ・クライマ−が参加している。
こんな豪華な協力スタッフを揃えた、本格的な『山岳を舞台』とした、映画を造り出せる辺りに、文化的な背景もだが、山やクライミングに対する理解の決定的な違いを感じてしまう。

この『映画』の、堅雪壁で確保支点に打ち込まれていたのはカシンやグリベルの細く長い、初期の『アイス・ピトン』の様で、氷河特有の氷壁には有効だった、日本の水流が凍結した硬い氷には使い難いタイプ。

1970年〜1980年代に、日本製で断面が楕円形の『アイス・ピトン?』が、製造・販売されていたが誰が考えても、当時の素材で楕円形の単純な『パイプ・ピトン』では氷に貫通しなかった。残雪期の堅雪には使えたがパイプの長さから、考えても満足な指示力は得られず、この用具を何処で、どのように使うのか不思議だ。
スノ−バ−が、まだ一般的に国内の山では使われていなかった頃で、多分スノ−バ−を短くした物ならば日本・国内でも利用できそうだ、ぐらいの発想で製作したのでは、ないだろうか?
ピックの刻み目が、有効に利用出来る事が徐々にクライマ−の体験から、理解され出してカッティングに適したストレ−ト形状のピックに、緩やかなカ−ブを付ける事による、アイス・クライミングでのホ−ルド性能の向上が要求され出した頃、古典的なアイス・ハンマ−のデザィンにも変化が現れだした。まだ、カ−ブド・ピックを採用した、両手の用具でアイス・クライミングのテクニックが、完成される以前の頃だ。
北欧産出の『ホワイト・アッシュ』や『ヒッコリ−』等の、名称を多くのクライマ−が知っているのが当然の頃には、まだ実用的な『メタル・シャフト』が誕生していなかった。研究・試用時期ではあったが、日本で最新の用具として使用が始まる以前には、シャフトの破損も起こりえるアクシデントだと、容認していた。
アルマン・シャルレが古典的なアックスのピックに、現代的なカ−ブを加えた時期と、スコットランドのペックがシャフトから急角度で下に下げた、ピックを製造したのは、同時代的と考えられる。シュィナ−ドとトムロフロストの考案したカ−ブド・ピックのデザィンが、最も初期の完成されたカ−ブ・ピックとも言える。
一時期『アイスクライミングの世界』で両手に持つ、用具としてシェア−を独占したのではと思えるぐらい使用者が急増した『シモン・コンド−ル/セキネル・モデル』は、メタル・シャフトの『アイス・ハンマ−』と『アックス/ピッケル』そして『アイゼン』で、一種アイス・クライマ−の憧れでもあった。特に『アイス・ハンマ−』を持っているクライマ−は多く、10年ほどの期間で数度のモデル・チェンジや、改良が進んで『アイス・バイル』状の製品も、登場したが徐々に、愛用者は減少。シャルレから登場した『シヤッカル』は、次ぎの先鋭的なアイスクライミング用具をシモンより、より攻撃的なピック形状として『カ−ブド・ピック』としては、世界で最初に普及した用具だったのかも知れない。
1970年代の『アイス・クライミングの限界』を、80年代の当時・最新の『用具』を使用することにより、その『限界』は、意外な程に簡単に突破、領域を拡大させたと実感している。プロテクション・ギアの信頼性や機能面での向上という、パック・アップの存在は、確かに大きいが、アックス類の性能向上と『アイゼン』の進歩は、格段の進歩をアイスクライミングの世界に与えた。『シモン・シヤッカル』から『シャルレ・ボワバン』当時の、最新デザィンのツ−ル(用具)の代表的な特徴は、これまでのノ−マル・ピックから『リバ−ス』又は、日本では『バナナ』と形容された、反り返った形状の鋭いピック形状の採用で、強い引付で身体を保持でき、より安定した姿勢を保てて、氷で安定した支持点を、作れるピックと、同じ様に安定した支持点で楽に氷面に立てる『アイゼン』のコンビネ−ションでアイスクライミングの限界を飛躍的に、向上させてくれた。続に『前爪』と称された、アイゼン先端の2本の爪(スパィク/ツアッケ)の取り付け角度も、初期のタイプから大きく変化して、より急峻で硬い氷雪壁での使用に向いた物が利用できるようにり、セカンド・ポィントと呼ばれる先端部から2本目、次ぎの爪が靴底から垂直に向いていたタイプから氷雪向けに前方に向いて、より攻撃的なフット・ホ−ルド(スタンス/足場)が得られ、脹脛の筋肉の酷使を幾分かは和らげる働きも得られて、よりアイスクライミングに適した専用タイプとしての『アイゼン/クランポウ』が、続々と登場して、クライマ−の選択肢は格段に増加して行き、岩と氷どちらかに特化したタイプ・モデルを選択使用する事が可能となり出した。登山靴とアイゼンを固定させる用具類に関しても、最も初期から使用されて来た『アイゼン・バンド』から、ワイヤ−の強い張力と梃子の原理を使用した続に『ビンディング』と称された着脱の簡単で、岩と擦れても簡単には破損しない、そして靴のアッパ-部をバンドで締め付けて足の血流を疎外したり、傷む事が全く無い固定方法を利用できる用具が登場して、寒冷地での活動が基本となる氷雪壁に立向かうクライマ−に、心強い用具として普及し出したのも見逃せない点だろう。

アックス類は天然素材の『木製シャフト』から、完全に金属系シャフトの一般的には『メタル・シャフト』と呼ばれだした製品に完全に移行して、シャフトを確実に握れる為の工夫や、木製シャフトでは製品として製造し難くかった、シャフト部を曲げる加工などにも、進化する条件が揃い出した。この頃からヘッド部分のパ−ツをクライマ−が目的や好みで、自由に変換できる『モジュ−ル・システム』も誕生して、1本のシャフトを基本として数種類の『ヘッド・パ−ツ』を、交換する事によりクラシックな氷雪壁ル−トから、垂直の氷瀑・氷柱ル−トにも挑戦する事を可能とし出した。
『氷壁の履歴書』を読んでいた頃の、日本人クライマ−の多くは『アイス・クライミング』を実際には楽しまなくても、セキネル・モデル(コンド−ル・シリ−ズ)と、呼ばれていた一連の氷雪向き用具を購入・使用していた人は多かった。大量生産タイプとして、最も成功した本格的な『クライミング用具』の、一種かも知れない。特に『アイス・ハンマ−』は、かなり普及していて後にハンマ−として『チヨック回収向きロック・ハンマ−』も登場した。改造版として、その後には『アイス・バイル・タイプ』も登場してから、人気が衰えた。