『焚火』
最近は『環境保全/保護』と言う観点から、『焚火』を気楽に、どこでも自由に出来なくなってきた。
実際、日本も含めて、国立公園や自然の中では、基本的に『火』を自由に使う事さえも禁止されている例は増えていて、アメリカでは州法の違いや、ロ−カル・エリアでの基準の違いは、あるものの、決められた場所以外での『焚火』は、まず行えなくなっている。
現状としては、日本国内でも基本的には同じだと考えて良いだろう。元々が、山や川で、自由勝手に遊んでいて、許可や規制とは殆ど無縁な環境を、長年に渡って享受して来た結果、様々な問題と他者への被害や悪影響を与えて来たと、考えられる『登山や釣り』といった野外・遊び、では一定のル−ルが必要となり出したのは、仕方が無いのだから。

私が『野外活動・キャンプ』から覚えた『焚火』の楽しみは、小学校の低学年からだが、飯盒・立ち釜戸
そして、暖としての利用と共に、子供時代の単純な『冒険心』に素直に、火を付けたのも『火』を、使える
技術を知ってからだと思う。単に野外での炊事や食品を食べれる様に調理するだけの、目的や手段として使うだけとして、最初に覚えた「技術」は、その技術を覚える事により、個人的には教わった目的とは違った、『楽しみ』としての『焚火』へと変化していった。

『炊事・調理・暖』を目的とするだけならば、私には当時としても便利で効率的な『灯油・使用の火器』
やアルコ−ル類を固形化した、簡単に誰でも使う事が出来る『火』も、使えていた。
特に、『スベアやホェ−ブス』に代表される、効率的な燃焼器具が使える時代に、最初の野外生活を始めた私には、先輩達が使っていた便利な『用具』に強い、憧れも興味も大きかった。
便利な『用具』を、使いながら『技術としての焚火』に、関しては何か特別な意味と意義を込めたかったらしい、大人達から『技術の証明・方法』として、降雨の中で数本のマッチで『焚火』を完成さす事を事を要求されたり、それが何かの役に立つのか理解できないままに、幾つかの「試練」を与えられても、当時は素直に聞いていた。その当時の経験や体験から覚えた『知識』が、本当に今となって役立っているかと言うと実際は、それ程の効果や能力を身に付けているとは言い難く、違った『方法や、より現実的な技術』は、根性論を前面に押し出して、強制されて覚えた『技術』の体験の、後になって知り得た事の方が、はるかに多くて役立っている。
固形燃料の中でも、私には缶タイプの物よりも、ブロック形状の
小型の『スイスメタ』の、使用に想い出が多い。

初期の『ビバ−ク・クッカ−類』と合わせて狭い、ツエルトや雪洞
の中で、メタの燃焼で発生した有毒ガスで苦しんだり、指に付着
したメタの粉が目に入って、大騒ぎしたりと幾つもの苦労話が記憶
の中で、甦るがクライミング現場での『ビバ−ク』では毎回、御世話
になっていて、『メタ』の残量と精神的な活力は、ある時期には正確
に、比例していた事もあった。今の様に『カ−トリッジ・ボンベ』を使用
した『ガス・コンロ』は、冬季に関しては信頼できないと考えていた頃
には、重量的な問題よりも『確実性』を重要視して、初期の『GI』
を、小量のメタと共に壁にも持ち上げていた。

登攀倶楽部での、活動時期には当時、希少だったボルド・バ−ナ−
を頻繁に冬季クライミングの場で使用していた。

少し、長く使っている時には、燃料・注入口を自分以外の仲間に向け
て、最悪の事態には逃げの態勢を確保。それほどに、使用時には少
し、危険を感じていた。と言うのも当時は、この種の小型燃焼器具を
他の、クライマ−が誰一人、使っていると言う情報も知らず、海外から
の購入品で、使い方も実際には良く判っていなかったから、手榴弾に
似た、この火器を長時間、使うのは精神『衛生上』は良くなかった。
『岩棚・レッジ』や、岩の隙間で震えながら器具から出る青い炎を見つ
めながら、平らな草地や河原での『焚火』を思っていたものだ。
日本式の何か、古い時代の、嫌な歴史を感じさす部分に拒否感を抱き出した「初期の飯盒・炊飯」で習った
火の起し方や、使い方とも呼べない偏狭な技術から開放されて、自分の中での『焚火』を楽しめる様になって本当の意味での野外での楽しみ方が理解出来て来た。単に、大きく豪快に薪を火に放り込んで、楽しむのが趣味の知人も大勢いたし、『奉行タイプ』や『偏狂・偏執的な火・愛好家』にも出会っているが、エコロジカルな視線での技術や、伝統的な火にまつわる貴重な話しを聞ける相手には、なかなか恵まれなかった。

書籍から学んだ『伝統的に正しい、焚火の方法と技術』を私は、固持している。無用に大きな炎を利用するのは、その火や炎をクライアントや弱い、仲間に対して物理的、精神的に良い意味で利用できる、すべきだと考えられた状況のみに使用するのが流儀だ。『焚火』が、日常的な生活の中での必要技術でもなく、嗜好タイプの遊びの中での『楽しみ』に大きな比重を感じている、現在では遊び方にも制限が要求されて来た。
冬季クライミングやアイスクライミングの場で、私が利用している『焚火』は、現代的なクライミングには似つかわしくは無いと仲間には、思われていたが長年に渡って体験から習得した『技術』は、ある種のエマ−ジェンシ−という意味では、何でも『用具に頼る』クライミングの風潮の中でも、残していても良い『技術』だとは思っている。
大雪『クワンナイ川・中流部』にて、前年の豪雨の爪痕も消えていない、崩壊箇所を通過後のビバ−ク地点にて。ヒグマの生息地、痕跡や気配も濃厚で、心理的な圧迫を毎回、強く受ける大雪特有の夜は、特殊だ。
快適な『ビバ−ク地』に、薪を集めてから少し『渓流釣りを楽しむ』
震災後の1996年7月1日 シ−ズン初めで、入渓者の痕跡も無くプリミティブな雰囲気を楽しめた。
ここは、ガイドで3回。個人的なツア−で1回、次ぎの再訪も楽しみにしている渓流の一つ。
疲れた身体と緊張で、疲労した精神的な開放感と炎を見る事による楽しみ。メインの『火』と、現実的で必要性から行う『調理用』の炎は、別種のタイプだ。個人的なツア−で毎夕、簡単に設置する『火床』のシステムは毎回、変わる。三脚・四脚の倒木利用の組柱は、フイフイに細いステンレス・チェ−ンを組み合わせた『自在鉤』
を吊り下げて、大きめのクッカ−を火の上に吊るすのに使う。
自分の手が届く、範囲に起こした小さな『火』は、主に調理用として便利で食後のデザ−トや、時には収穫物を最高の状態の『おきび』で、あぶるのに最適。燃料の補給は「大きな火床」から、簡単に移動させ補充は簡単。

(下・写真)北海道ツア−時のキャンプ地にて。滞在2ケ月の期間で38日間は河原でのキャンプ
他の同世代の『山で活動』していた人達よりも、テント利用で山で暮らしていた日数・年数は多いと思っている私には、渓谷・谷での遊びやビバ−クで楽しめた『焚火』以外では、環境的な制約や、現実的な規制からキャンプの夜に長く、記憶に残る『火』を満喫した経験に関しては、日数に比例して少ない。毎夕・毎晩、キャンブ゜地での『焚火』を楽しめていたら、想い出も大きく違っていた事だろう。台風で壊れたテントを石積みで補強して代りのテントを入手するまでの一夏、穂高での寒い夏には今ならば時効?ささやかな『火』は使用していた。カンバの枯木や可燃物のゴミに、燃え残りのロ−ソクを足しての小さな『炎』は、想い出に強く残っている。

穂高以前の、ほんの数年前に『泥炭/ビ−ト』を夏の放牧小屋の裏の、切り出し面からスコップで切り取って、小屋に備えられた小さな石釜で、燃やして生活していた経験からか、生活の基本的な部分で夜には自分で
『火』を使う習慣が、穂高にいても中々、消えていなかった。
子供の頃にも、そういえば自宅では家の外に立てられた『風呂』で薪を、くべるのは私の役目だった。
ナタを使い始めたのは5歳ぐらいからなので、山用のチャチな『ナイフ』やアウトドア・タイプと呼ばれてシヨップで売られている刃先も弱そうな、価格ばかりは凄い『飾りつきナイフ』を、本当は少しばかり馬鹿に見ていた。
特に、生活で必要も無いのにバイト代では、いつまで待っても購入できそうにも無い『カスタム・ナイフ』等のコレクタ−は、販売側の存在ながらクライミングにも役立たないし、何で、こんなに高価な『遊び道具』が売れるのか、不思議に感じていた時期は長い。
どんな条件下でも、確実に火をおこせることが、基本だと・そんなアドバイスを書いてあるアウトドア雑誌が多いが、現実的に見ても、考えても激しい降雨・降雪時に、簡単に『焚火』は行えない。そして、強風時に森や林の中を含めて、飛び火で延焼の危険性を無視してまで『火』を、起こすのも基本的な間違い。
緊急時、対応で雨や雪で体が濡れて、冷えている状況で身を守る為に『焚火』で、暖を取る必要に迫られたら、そういった状況でこそ、悪い条件下で使える『技術や用具』が役立ってくる。

しかし、『悪条件下で火をおこせる』用具や準備を、予め予定もしていなければ、用意も考えていない登山の様な活動時には、かなりの工夫と応用力が要求される。ナタの代りに、アイス・アックスのブレ−ドを、正に斧の様に使ったり、雪上での火床が作れない場合にはアイゼンを利用したりと、こういった緊急時・対応が行えるまでには、かなりの練習か必要で、誰でもが使える訳ではない。

遭難・他者からの、援助が期待出来ない状況からの、脱出や全ての装備や用具を犠牲にしても、その場で必要な行動を起こせるだけの正しい、判断力や決断が要求されるし、緊急時の次ぎの間違いは、致命的な結果を引き起こし易い。そういった条件に、陥ったこと自体が最初の間違いなのだから、更に悪循環に陥る危険性は高い。ピッケルのシャフトをナイフで、少しずつ削りながら雪山で『暖』を、取った等と言った逸話は、シャフトが燃やせる、木製品だった頃の伝説的な話で、近代・装備に身を包み、合成素材しか装備として持たない、今の登山者には到底、役立たない根性論だろう。下手に狭い、空間やシェルタ−内で、何かを燃やすような馬鹿な事を仕出かすと、有害物質の煙で余計な危険を招くだけだろう。

雪上で、簡単に『焚火』が使えると思わない方が良い。とくに降雪と吹雪の条件下では、例え燃やせる物が手に入ったとしても、労力に比例して『暖』としての火が使える可能性は低い。同じ様に、小雨程度は別として、燃焼物と火力を計算して、継続的な炎を『焚火』で使えるのには、かなり熟練した技術と、火力を保つ為の用具は必要となる。雪上や濡れた地面に、備えてリフレクタ−板を用意したり、火付け用のメタ等の補助火力の用具を持つのも、一つの方法だが本当の緊急時には、そういった古典的な方法や技術が効果的に役立つ事は少ない。予備のカ−トリッジや簡易型のアルコ−ル・バ−ナ−等の、悪条件下でも素早く、そして確実に使える『火器』を用意・携帯している方が確実だ。
焚火は『森のテレビジョン』と書いたのは、『森からの手紙』をピ−バルに連載していた『田淵義雄』氏の名言
様々に利用されて『アウトドアでのテレビジョン』と、借用して使っている方もいた。
サバイバルの達人や、アウトドアでの技術を知ると思われている『登山者』の、多くは実際には現代的な装備と用具に関しての、知識や技術に関しては、独特のジャンル範囲では、自然から身を守る術に長けているが、基本的な自然環境の中での、基本的な知識や技術に特別、秀でている訳ではなくなって来た。
『キャンプ』に関しても、オ−ト・キャンプで何でも手軽に、持ち込んで物量で快適さと便利さを求め出した、今風のキャンプ愛好家にも、『用具と装備』に頼らなければ、簡単な食品の調理さえも適わないレベルの人達は多い。森林限界を超えるまでの、冬季の登山やクライミングへのアプロ−チでも、自然環境を利用する方法を何も知らない、クライマ−が実際は多くて『緊急時・対応』の、基礎知識としての技術の基礎を知らないと言う人達が多くなって来た。何も、雪山で無理に『焚火』を行う必要は無いが、雪洞と同じく現場にある物を有効に使って『簡易シェルタ-』を作るなどの技術を、覚える導入段階で木の枝を利用したり、枝葉の向きを、どちらを下にするか、そういった知識は火を使う技術から覚えるものだ。『鉈や斧』が無くても、代用できる物を携帯している雪山では、ツエルトの下に敷く枝葉や羊歯の使い方を知っている、使える知識と技術を持っているだけで保温性を確保でき、安全性が向上する。そういった応用技術の中に、可能ならば暖を取れる雪中での火起しも、シェルタ−構築との組み合わせならば可能となる。
まだ『海外通販/メ−ルオ−ダ−』等の、存在も知られていず
登山装備と用具、以外の野外活動・特にキャンプ用の用具が僅かに
米軍放出品とか、数少ない欧州物だった頃。
軍隊用・装備とは、全く方向性の違う軽量でコンパクトな個人で使う
用具は珍しかった。進駐軍の放出『シュラフや野外生活・用具』は例外なく、重くて外見は見栄えがしない。そして色調も、少なくとも私の好みとは程遠く、コンパクト性にも欠点は大きかった。

それでも、当時の子供には何とか手に入る範囲の用具として無ければ遊べないキャンプや野外での活動で、活用していた。
『鉈と斧』に『飯盒』小型のクッカ−類と、シュラフにテントさえ、持っていれば、きっと・この先に世界の果てまで旅が続けられそうな、子供じみた希望と夢を持っていた。
(右・写真)随分と長く、使い続けている『焚火』が可能なキャンプ・特に
荷物が限定される場合には重宝している『スライド−方式』のグリル台
と呼べる、非常に軽く作られているパイプ・伸縮の用具。
ステンレスの細いチュ−ブを、特殊なディグ溶接という方法で接合して
作られていて、驚くほど軽量ながら充分な強度も有していて、『焚火』
用具として、私の愛用品のベストワン。
正式な名称は、忘れたが『バックパッカ−ズ・グリル』とも呼ばれている
簡単に使えて、少し大きなクッカ−も乗せて使える。携行性も良くて
他に、代用できるタイプの用具が市販されていないので大切に今現在
も使用していて、購入時から15年を過ぎて、まだ使える。
『沢登り』で、使う機会が多い。
原題は確か『クロ−・キラ−』だったか、日本での上映時には『大いなる勇者』と、少しばかり内容とは違う感覚での映画名で短い、期間だけ日本でも上映されていた『映画』は、影響や感化を受けた、馬鹿は私一人ぐらいだと、随分と長い間、思っていたら幾つかの雑誌の中での『映画』や『ウイルダネス』関連の、話題の中で近年は頻繁に、同じ様に人生にも強く影響を受けていた同じ人種の人達の存在を知った。
アメリカ南北戦争後の時代背景から、ロッキ−山脈での本物の『ウィルダネス』で、過酷で厳しい生き方を自らか選択し、家族を惨殺された復讐から、人としての苦しみ、そして宿敵との和解を若いロバ−ト・レッドホォ−ドが熱演。この『映画』の、中での厳しい自然の中での生活から得られているであろう様々な、示唆に私は強い感化・強烈な影響を受けている。雪中での『焚火』や、焚火を利用した寒冷地での就寝場所でのサバイバル技術や風と緑と森からの恩恵や、とにかく夢見た世界に最も、近い環境や生き方を見せられてしまった。

フィクションと理解していても、この時代に本当に存在していたと、信じるに足る内容は、驚くべき事に現在にも受け継がれて、映画の世界は事実だと目にすることも出来る。
『焚火』は、サバイバル以前の生活・生きる為の基本要素・技術として、存在していた『時代』を理解する事は現在では、難しいが理解する事はできる。
この『映画の中での数々のシ−ン』から、覚え始めた技術は多い。特に、焚火で作った『オキビ』に土をかけて、その上で眠る技術などは実際の沢でのビバ−クで、体調を崩した仲間に役立った。
液体燃料やガス・カ−トリッジで、簡単にいつでも便利に使える、様々な『スト−ブ』を持ち歩き、山でも川でも、海の旅でも世界中の場所で、火を自由に使えて、あえて不便な『焚火』に固執する必要が、なくなった現代でも一種の『娯楽・楽しみ』として『焚き』をする習慣や、行為は個人的に捨てきれない。
『プレジャ−・ファイヤ−』としての自然の中での、楽しみの一つとして素晴らしい体験になると私は考えている。随分と前に、テレビ番組の中で『こだわりの焚火』として、香りと炎の色に特別な注文を受けて実施した企画が、あった。わざわざ燻製用の非常に、希少で高価な原木を、単純に燃やすだけで入手して映像用に豪勢な『焚火』を、行った事があった。楽しいかと聞かれれば、あまり楽しい記憶ではなくて、ガイド業務としての仕事として、割り切れば面白い体験ではあったが、やはり勿体無いというのが感想。

『火をおこし、自然からの恩恵を燃料として』素直に楽しめる、場所で行なう『焚火』には、いつまでも飽きない魅力があり、見ている時間を忘れさせるような不思議な効能がある。
現代的で高火力の『スト−ブ』には、決して無い本能を刺激するような、何か奥深く意味を感じるような不思議さが『火』には、存在しているように思えて仕方が無い。
キャンプの指導や、メデイア関係からの取材や『番組・制作』からのガイド依頼も含めて、人前で様々な様式、方法で『火』を使う機会が多い。特に、得意なのはフアィヤ−・べ−スを組み立てて、薄い石板を大きな天然フライパンに使って、ナンやチャパティを焼くような、シンプルなのだが普段の日常生活では体験できない、ワイルド・タイプの『アウトドア・クッキング』を演出するのに、人気が出て来たらしい。
TV関係だけで、この10数年間で数十回の『依頼』に、合わせて様々な『焚火』を企画・演出して来た。
『アウトドア・クッキング』を一つの方法・技術として地域の中での『ボランテイア活動』に、利用するのを覚えたのは、意外な事に震災以前からだ。『焚火』の楽しみ方の、説明や機会を作っていた頃から、少しずつ理解者も周囲に増えて、野外活動の基本的な『火』の、楽しみ方や技術を簡単に身近な場所でも可能となったのは炭を手軽に使えるからだ。保育園や子育て文化センタ−の様な、施設の土地でも注意深く企画すれば、比較的どこでも『火』を使った企画は実施出来る。
日常生活、普段の人生の中で『火』を、自分で扱う機会は殆ど在り得ない。それでも私達の様に、突然の自然災害に襲われて生活の基盤たる、全ての『ライフ・ライン』を、瞬時に失うという危険は地震国に住んでいる限りは、いつでも、誰の身にも起こりうる『危険』で、災害と思うべきだ。
『焚火』程度は、緊急時に出来なくて、生きていくのは困難ともいえる。遊びで、楽しみで覚えた技術が活用
できる局面が、訪れる可能性は高い。
個人的には、本当の『焚火』の腕前・技術の高さを、思想の良し悪しを、いかに証明するかと言う部分には少ない燃焼物で、小さな火を長い時間、保てるかで見せる事が出来て、合理的だとは考えているか、趣味の範囲と共に、例えば緊急現場や支援活動で必要に迫られて、行う場面や状況では、炎が大きく豪快な
『焚火』を作り出すのも、一つの重要な精神的に良い影響や作用を及ぼす、方法の一つだとも体験から、私は知っている。

火を扱う。火を楽しみ、野外活動の楽しみを広げる。そして、人との共感の場や楽しみの空間を作り出す『焚き火』には、価値がある。『伝統技術』や民俗学的な生活様式や様々な、価値ある民族が継承して来た『火』との関連した多面的な提言を、研究するのも楽しい。
『焚火・禁止』の、オ−ト・キャンプ場でのキャンプしか経験の無い子供や親達が、急増中だが私から見ると、あまりにも勿体無い時間の使い方と、キャンプの楽しみの半分も味わえない体験は、惜しいと思ってしまう
最先端の地表や、周辺環境に悪影響を与えずに、楽しめる『ロ−インパクトなたき火術』は、完成しているので、便利な用具を使用して『焚火』を体験して、楽しみ方を覚える子供達が増えて欲しいと思っている。

冬季小屋での越冬を体験していた仲間の、小屋に数週間ばかり居候していた期間があって、壁へ入っている期間よりも、小屋での生活と周辺・散策やスキ−を履いてのトレ−ニングや水汲み、そして少し離れた別の越冬者が、いた小屋への訪問などの楽しい時間を過ごした冬の記憶が私にはある。
『薪スト−ブ』が、生活の基本的に重要な要素であった、その小屋での生活では薪も燃料として節約すべき物だった。ペンションの生活・必需品と言うよりも、客へのサ−ビス物品・家具の一種のような装飾品とは異なり、厳冬期の電気もガスも届かない、雪に埋まった小さな『小屋』での、薪スト−ブの価値は全く違っていて、暖を取り、炊事し雪を溶かす、生活の基盤は『炎』の扱いに掛かっていた。
山行でも、ギリギリの必需品とクライミング・ギアの重量を一人で、持ち上げていた山では、四季を問わず
『枯木』を拾い集め、薪を確保しての『焚火』は重要な技術だった。
アイヌ伝統の『クチャ/緊急時シェルタ−』を、作れる狩猟者さえ少なくなった現代では登山者には、まず基本的な『コヤガケ』の言葉も通じなくなって来た。クライマ−には無縁とも思える、範囲の技術かもしれない。
私は、中学生の頃から東六甲の山中で、この種類の「コヤガケ」の技術を覚え出したので、関西の山なら主に杉枝で、東北ならば北の山の方法でと、それなりに状況に即したアイヌ伝承系の『クチャ』を、見本とした数人範囲の大きさのシェルタ−・タイプの『コヤガケ』は、作れる自信がある。
当然、その種の「シェルタ−」内部での『焚火』の方法や必要な、技術も知っている。
2007年5月 『穂高岳』での長期ガイド業務も順調なスケジュ−ルで終了して、定宿の横尾山荘と沢渡の仙ノ屋さん、で充分な休養後に毎回の事ながら北上。今回は、新潟県の海を渡って『佐渡島』の天然物の山女を毛鉤で釣る為の旅だ。夜に到着したので、素泊まりで気楽に泊まれる宿に宿泊して、翌日から外海府・北部エリアの渓流に入ってキャンプ・ベ−スを設営して、1日だけ完全装備で最奥部の堰堤・上流の源流域を探査。
後の数日をベ−スを起点として、風呂にも入りに行く余裕の時間範囲で1日に数本の渓流を毛鉤を振りながら楽しんだ。ベ−スを設置した林道は、最奥部まで入り込んだ位置だったので毎日の往復や物資の補充には不便だったが、海から離れた山の環境としては申し分ない場所だった。最終日に、海岸沿いの小さな集落で、親切な老婦人から荷台一杯の『割り薪』を、頂戴してしまった。山で泊まっていると言うと、薪の次に米も持って行け、お菓子はどうだと、次々に頂戴してしまいそうになるので丁重にお断りして山に戻り、小雨の中で充分な明るさと暖を取れる『焚き火』を満喫させていただいた。佐渡は渓流も良いが、人の人情も良い。
2007年6月から、7月にかけて『北海道での、釣り旅』を楽しんで来た。毎晩、快適なキャンプ・ベ−スで
『薪を燃やせる・焚き火・台』を、利用して暖を取り、渓流魚を焼いて夜を楽しんだ。
Friday, 20 July, 2007
99年から、開始した『キャニオニング・スク−ル』のベ−ス地では、恵まれた自然環境と立地条件に恵まれて、意識せずとも毎日の生活スタイルに無理なく『焚き火』や火を利用できる環境を楽しんでいる。
秋になり2ケ月ぶりに、街の生活に戻っても数週間は『焚き火』の余韻と雰囲気の楽しさが強烈で、普段の生活の退屈さに順応できないでいる。
2007年の残暑は異常に長く続いたが、そろそろ秋風を感じ中秋の名月を眺めると、そろそろキャンプに出向きたくなる。『焚き火』を楽しみたいと言う欲求は、なかなか抑えがたい。

太い丸太片を一晩中、燃やすと翌日の朝にも、すぐに使える火が残っていて、朝の紅茶を沸かすのに便利だ。このキャンプ地で、子供達の椅子にも使える丸太片は、廃材とは別からの入手品。
Wednesday, 26 September, 2007
『焚き火』を取り巻く環境は年々、悪化している。悪化と言う表現は不適切なのだが、キャンプ場での直火の禁止は当然としても、『火』を楽しみの為に利用する環境と場所は、かなり限定される社会環境ではある。
懇意にしている『神社』の中でならば、許可を得て落葉で焚き火『焼き芋』を楽しむことも可能だが、そんな時にでも風下に住宅地が無いかとか、洗濯物を干している場所が近くに無いかとかの心配は、付いて廻る。例え、神主さんや地主さんの許可が得られても、地域によっては自治会の許可が必要な場合もある。そして、現在では事前に所轄の消防署に届けが必要な場合も在り得る。兎に角、人の多くすむ地域では、気楽に火を扱う事は色々な制約が付いて廻るのだ。
TV撮影や雑誌企画で手軽な場所で『焚き火』を行なう、必要性が生じる時に備えて私は自宅の近くに数箇所の、問題の発生しない『適地』を用意していて、使える許可が得られる場所も知っている。
焚き火で熱した小石に食材を乗せて、葉っぱを利用して『蒸し焼き』を楽しむ方法は、世界各地にある最も古典的な調理方法で、日本でも縄文時代に同じ様な方法が使用されていたらしいと遺跡物から、推察されていて、意外と現在でも使える『調理技術・方法』として、面白い。単純に石板を焚き火の炎で熱する方法も、更に簡単なのだが関西では、これが中々、簡単には楽しめない。理由は単純で火に弱い花崗岩が多くて、この種の方法に適しているホルンフェルスや火山岩を、利用し難いからだ。
そういった訳で、六甲山や播但では安山岩や玄武岩を探す事が重要課題となる。
適した岩が見つけられない時には、仕方なく花崗岩も利用するが『注意』が必要だ。
97年『北海道・お気に入り無料キャンプ場』にて
97年『佐渡島(某)渓流にて』
必要な場合には、1日に3回〜5回と、水を入れ替えて沸かす『ドラム缶・風呂』キャニオニング・スク−ルのベ−ス地に最初に設置した『ドラム缶』は、一般的に入手が簡単な『スチ−ル缶』だったが、錆びやすく、錆を抑える為に使用するペンキは、あまり使いたくない種類のものなので、入手や加工に手間がかかったが、『ステンレス・ドラム缶』を、今は使用している。薪の量は、大量に消費するので、補給は多い時に週に2回は必要となる。土台と空気の流通を促進する金網は、完全な消耗品、焚付にはキャンプ場・内に落ちている杉枝が役立つ。前後・左右の空気・取り入れを工夫しているので、薪は最後まで完全燃焼する。
Friday, 26 December, 2008
2009年5月 大峰・和佐又山のキャンプ場にて