製作・中
原材料の不足と、原価高騰の影響を受けて2006年度からの『ミゾ−製品』のアックス類では、シャフト部のみチタンと同重量のクロモリ鋼材に変更し出したとか、購入者・側の意識とすれば同一・価格と言うのは少し不満が残る。私は、材質・変更前のオリジナル物を購入していたが、シヨップに入荷したシャフト部の材質・変更品を手にしても材質の違いによる、感触の違いは受けなかった。

デザイン的に、特筆すべきフォルムや特殊な機能を有しているアックスでは無いのだが、重量的なメリットは他の同一・形状サイズの各種アックスと比較すれば、格段に軽量。ブレ−ド部も、最近のアイスクライミング指向で好まれている、小型タイプでは無くてオ−ソドックスな堅雪・斜面でのカッティングに適した大きさ。
このタイプの大きさを持った、アックスのブレ−ドは実は最近では少なくなっている。

シャフトに巻かれたグリップ・テ−プは『自己融着テ−プ』の、単純な重ね巻き。
特筆すべきものでは無いが、自分で巻き直すのには便利だ。強度面での弱さは、軽量化を徹底していると考えれば許せる範囲。
ピックの先端部が欠けた『スイス・メ−ド』の、クラシカルなフォルムが美しかった木製シャフトの『アックス/ピッケル』を手にしてから、40数年の年月が経過して数十本の『アックス』を、使い続けて来たが『記憶』に強く残る用具として語れる本数は少なくなって来た。木製シャフトから、単純な『メタル・シャフト』そして、木製シャフトに似た感触の『レキシロン』そして、再び特殊なウッド・シャフトへ、そして最先端に進化したメタル系シャフトに移行して、その期間の中で『カ−ボン・シャフト』も使用した。生まれて初めて使用したのはイタリア・カンプの当時としては最先端・機種の『カ−ボン・ガバ−ル』このモデルから『カ−ボン系シャフト』の有利な点と、欠点も体験した。
80年代には欧州系の各種『クライミング・ギア』の入荷は豊富になっていた。それでも『アイス・クライミング』用具に関しては情報は大量に出回り、商品情報も豊富ながら現物が日本国内に入荷しないという用具は、多かった。仏シモンの各種アックス類が、多くのクライマ−に使われ出した頃に、シャモニ−で購入して使い始めた『シモン・ゲパ−ル』は、帰国後3年間の使用で、ピック先端部が簡単に折れてしまい、使えなくなってしまった。

81年〜83年 シモン製品には幾つかの問題が存在していた。特に『シヤッカル』の交換・替刃『セミチュ−ブ・ピック』の、初期品は粗悪と呼べる商品の一つ。
簡単にチュ−ブ・ピックが折れた。

貧乏なクライマ−には『シモン製品』を、あまり薦めなくなったのは、この頃の記憶が強烈からかも知れない。

(右・写真)は、長年に渡って穂高での縁で、私たち若い仲間を毎冬ごとに自宅に泊めていただき、お世話になった上高地に近いスキ−場・範囲に住まわれていた先輩宅から、徒歩15分で取り付けた『大滝』でのアイスクライミング時に撮影した。
温泉成分が混じる水流なので、一種・独特の氷瀑でのアイスクライミングが楽しめて、この頃に、この『大滝』をクライミング対象として、考えるようなクライマ−は地元・松本辺りにも、いなかったようで毎回、貸切で滝の右側の岩壁にも、登攀の痕跡は皆無。
アイゼン履きで、この岩場にも開拓の、手を伸ばしていた。その後20年ほど過ぎてから、このエリアでのクライミングは知られ出したようで、最近は上流域のアプロ−チが快適な渓谷内の氷結する確率が、毎冬・高い滝にアイスクライマ−の姿を、見るようになったとか。
今、情報が知られ出した、そのスキ−場から接近しやすい『エリア』にも、私達は先輩宅から頻繁に通っていた。当時は山スキ−を履いて、リフト乗り場から快適なアプロ−チで、アイスクライミングもだが、行程も楽しんでいた記憶がある。
1982年ごろ、若い友人達と本格的な氷雪ル−トでの経験を積む為にと、避難小屋を利用させて頂いての、合宿タイプの楽しいクライミングの場『大山・北壁』でも、(右・写真の用具)が役立っていた。
右のアックス(ピッケル)が、八ケ岳の峰ノ松目の最上部の氷瀑を登攀中に、突然・破損した、いわくつきのもの。
石付き部とシャフトに当時、他のアックスに見られなかった独特のカラビナ・ホ−ル付きガ−ドが付いていて、硬い氷面で小指を叩き付ける危険を、軽減させてくれて私は、けっこう気に入り、愛用品として使用していた。重量的には、この当時でも重いタイプだったのだが、ピックも良く効いてブレ−ドも使い易かった。石付き部の、この機能は優秀ではあった。

左側のロ−・ハミングバ−ドーのアイス・ハンマ−は当時、画期的と言われていた世界初の『パイプ状/チュ−ブ・ピック』
この製品が登場してから、類似品が続々・登場して『セミ・チュ−ブ・ピック』に移行するまでの、時間は早かった。
ハンマ−としての打撃力は、当時のスナ−グ等のアイス・ピトンを使用する場合には、私には軽すぎたのでバランサ−を付け足して、重量を追加してバランスも調整していた。グリッブ部も当然なのだが、自分の手に合わせてゴム部を削って調整してある。リスト・バンド(今ならリュ−シュと呼ぶのだ゜が)は、市販品に気に入った製品が、殆ど無くて『ミヤザキ方式』は一度、取り付けると長さの調整に関して、好みに合わなかったのでシャフト部分に単純なプル−ジック方式で、細いスリングを巻き付けた、単純なシステムの用具を自作して愛用していた。
70年代の中頃から、80年代の前半までの期間の冬季に、一人で活動している場面で、最も頻繁に使用していたのは、意外な事に『シモン720』80年代の、前半期に破損などのトラブルで、個人的に安心感が確かではなかった、このメ−カ−の用具類なのだが『メタル・シャフト・アックス』の、最も初期の『用具』としてのみ『720』には、愛着が強い。数少ない、手元に残った写真にも、このアックスが写っていた。
(下・写真)仲間も、他のクライマ−にも出会う事の無かった2週間、入山2日目の目標の岩壁を目前に唯一の記録写真。ザックに取り付けてあるのは『シモン720&アイス・ハンマー』
薄い、オ−バ−ミトンや当時・最新だったレキ・ポ−ルに愛用のガリビェ−ル・赤ヘルメット。そして、ザックは当時、販売元のA氏から直接、購入して関西に送って貰った『シュィナ−ド・モデル』スト−ブは、重量を我慢して、担ぎ上げた『安心感・火力重視のコ−ルマン・初期型GI』食料トレ−ニング8年間で、徹底した軽量化を果たせていた頃だ。今なら、3日でダウンかも知れない・・・・・

『写真のシモン・720』今は、どこに、あるのか分からない。
ひよっとすると、先輩宅で冬の凍結した水道管・修理や歩道の除雪とかの作業で、僅かに役立っているのかも知れない。あのフリ−スの20倍は、重く、無骨でチクチクと肌に痛かった、高額なアラスカン・セ−タ−やモリト−ルの表革製『登山靴』と、共に消滅しているのかも。
アイス・アックス/ピッケル