『ビバ−ク・コンロ/軽量・小型・燃焼器具』
小学4年生の時に、降雨の中での焚き火で苦労していて、大人達から手渡された『固形燃料』を初めて使った、当時は固形タイプやタブレット・タイプの物は、市販品として田舎町では入手できなかった頃で、缶詰と同じタイプのジェル状の物で『缶』そのものを直接、使うタイプだったが、現在の物と違って、ジェルも粘性が弱くて、御世辞にも使い易く安全な物ではなかった。水分を含んだ、木を燃やしたり焚付けの湿った松葉と、このジェルは相性が悪くて危険な場面も多かった。時々、水分と反応して、はぜる場面にも遭遇していて、焚き火に使う用具ではなく、当時そろそろガス・電化の普及で自宅で『火』を使う機会を失い出した背景と共に単純な『飯盒炊飯』でさえも、より簡単に行いたいと考える人達が急激に増えた時代らしい用具の一つだった。基本的に『火付け』には、古新聞紙を使うのが一般的な頃だ。

『ライタ−』といった便利な用具も、私達には小学校から中学生の頃には、大人の持ち物といった感覚で
実際に山で、使い出したのは高校生になってからだった。蝋燭を空き缶で、溶かして市販のマッチを浸して自分達で『防水マッチ』を作って、山に持って行くのが常識で、立派な、どこでも使える『防水マッチ』を神戸のサトブラザ−スで見つけた時には、驚いたものだ。

『油紙』で、丁重に包んだ『マッチ箱』を実際に持っていた最後の世代なので、同時代の子供達の中でも少し珍しがられていた。これは、後に『防水』に関しての工夫や考え方で、他の登山者とは違った部分を持てる貴重な体験ではあった。『パラフィン・スト−ブ』を、ボロ布や紙屑で作って使う事も当然ながら、私達は普通に子供時代のキャンプで行っていた。こういった知識と技術は涸沢や避難小屋で、使い捨てられたロウソクの欠片を拾い集めて、新たに炎を作って、暖を取ったり明かりを利用するのにも使っていた。
1年目の秋が巡って来て、再訪したスコットランド北西部の『スカイ島』UIGのホステルから、延々と北上してから、ゆっくりと南島の港に戻る旅の途中にも、少しだけクライミングと山を楽しめた。橋の下や、強風から羊達を守る石垣の下でのビバ−クや山を越える途中に、日が暮れてしまって潜り込んだ岩下でも、ガスコンロのボンベは現地で購入できず(節約して買わなかった)ロ−ソクの小さな、炎で少し温めた薄い紅茶で、しのいでいた。緊急用にフォ−ト・ウイリアムスのクライミング・シヨップで購入した『アルコ−ル・コンロ』も燃料を節約していたので、夕食時にス−プを作る時にしか使えなかったが、ロ−ソクに比べれば格段の火力で、旅を続けられたのも、この小さな『火器』の、おかげだ。
1960年代には、この真鍮製の掌に治まる程の小さな『火器』を、冬山やクライミング時のビバ−クで積極的に使用していた者は多い。まだ、寒冷地で安定した、火力が保てる『ガス・カ−トリッジ使用のガス・コンロ』を、日本国内で入手するのが、困難な頃だったので、『灯油やガソリン』を使用する少し、重たく嵩張る市販品の『スト−ブ/コンロ』と、比べて『小型で軽い、アルコ−ル・スト−ブ』は、数少ない軽量化に合致した『火器』ではあった。

真鍮色に光る、手の平に収まる大きさの小さく、とても単純な『コンロ』は、北欧製で、当時の現地・価格で400円ほどで、燃料は本体にシヨップの人が好意で満杯に詰めてくれ、おまけとして500cc程の小さな容器にも、専用のアルコ−ルを入れて手渡してくれた。使う時には、少しでも燃料を節約する為に、拾って来た、野菜の運搬用の木箱の端を切り取って、風防として使った。途中から、ガソリンでも使えない事は無いという事に気が付いたので、ヒッチハイクの途中に立ち寄ったスタンドで、半日・車の修理を手伝って夕食と共に、その夜の寝場所と、500cc缶に詰めてくれた、ガソリンを貰ったこともあった。

滞在・期間中に、この小さなコンロを使う機会は、燃料の入手が難しくて都会では、小量の燃料を外人に分けてくれるような場所も、出合にも恵まれず帰国まで使う事無く、ハリソン・ロックで時々、一緒にクライミングを楽しんだ、インドから留学に来ていた、グルカの血脈を誇りとしていた気の良いハッサンに譲った。

この真鍮製の小さな『火器』は、帰国後に石井の大阪店で再び購入してから現在まで、幾つか購入して使い続けている。以前は専用の『ゴトク』が販売されていなかったし、純正のクッカ−類も日本では入手できなかったがパック・パッカ−には利用者が多いようで、最近では良い物が選択・購入できる。
登山関係では『単独登山』で著名な、方の著書の中にも、この用具の使用・記述が出ている。

完全『ハンドメ−ド』の、スイス製の『ボルド・バ−ナ−』は、登山関係のカタログには紹介されていたが、実際に私達がクライミングの現場で、積極的に使えるようになったのは73年からで、まず私が見本の様な形で大阪のIBS店に入ってきた物を1個、面白がって購入。六甲山の岩場などで、仲間達に恐がられながら、ビバ−ク練習の中で、岩場の棚に座って使い始めた。その年の冬には、倶楽部の冬季開拓・山行に、更に1台を追加で購入して、南アルプスでのクライミング期間のビバ−クで、本格的に使用する。

この時も、本当に正しい取り扱い方・使用方法を知っていた訳ではなくて、ピトンをマイナス・ドライバ−代りとして円筒形のバ−ナ−本体の、後ろ側のネジ部を外して『燃料』の、補給を行いジヤケットの中で本体を温めてから、恐る恐る、むき出しの『バ−ナ−部』を回して着火。小さな本体にしては、意外なほどの高火力で頼もしいのだが、本体が加熱し出すと燃料の補給口を自分の方に向けたくなくなる。ジョ−クなのだが、爆発時にはネジ部が最も危なそうなので、誰かに向けておきたい気持ちになるとか・・・
そんな超危険な場面には、出合わなかったが、精神衛生上あまり良くは無かった。

この『ボルド・バ−ナ−』は、倶楽部の先輩『金山・氏』に請われて、1台を譲って今・現在、私の手元に残っているのは後に再び、購入した3台目。最初の1台目と大きな構造上の変化は見えないのだが、僅かに後部のネジ・キヤップの形状が違うという、仲間もいる。
岩場での『ビバ−ク用・装備』の中での、小型『コンロ/スト−ブ』に関しては、徐々に火力が安定し、使い勝手の容易さと、付属して使う『クッカ−類』の、改造が進んで『ガス』の利用が増えていった。無雪期の岩場での短期間・短い日数の使用では『ガス・コンロ』を使い。冬季の使用や、長期間の利用では『ボルド・バ−ナ−』に代わって、プレ−ヒ−ト不要になり出した『コ−ルマンのガソリン・コンロ』等から、アメリカから入って来た『MSR』の、当時としては画期的だった燃料ボトルと燃焼器具の分離タイプの『コンロ』使用へと、使うタイプも変化して行った。特に『ガス・タイプ』のビバ−ク用具として、岩壁で『吊るして使える』コンロとクッカ−の組み合わせ用具を使い出してからは『シグ』の『ビバ−ク・クッカ−』を、組み合わせて使う各種『コンロ』と併せる工夫と改造に懲りだして、市販品も出回り始めた時期とも合間って、幾つも購入・使用した

『バ−ナ−部分』を『ガス・カ−トリッジ』に、接合できるタイプの『ガス・コンロ』と組み合わせるのが、いたって簡単な改造で使える事から『シグ・ビバ−ク・クッカ−』は、頻繁に買い換えては使い潰した。『クッカ−』自体は、変形しても充分に酷使に耐えるのだが、空洞部分の本体・燃焼火力を直接、受ける円筒形の本体は素材にも問題があったのだが携帯・パッキング時の不注意でも簡単に変形し、空焚きでも、しようものなら簡単に熱で穴が空いてしまうほど耐久強度に不満があった用具だ。本体の中に、ボトルを入れて置けば幾分かは携帯時の変形は、防げるのだが、それでも本体の肉厚も薄くて岩場での雑な取扱いで、数年間の使用で、ボコボコに変形してしまうのは防ぎようが無かった。
不注意な若い、仲間が足で踏んだり、雪を溶かす時に目を離して火力の調整を怠ったりして数台に穴を空けてしまい、泣く泣く、次を購入したという記憶も、今は楽しい。
80年代に、器用な友人がアルミ素材の『シグ・モデル』を、真似た自作の『ビバ−ク・クッカ−』を数個、作成して冬季の屏風岩から前穂高岳までの、継続登攀で実際に使用した経験が私には、あった。オプティマスの8Rの金属ボックス・収納ケ−スを取り外して、燃焼器具と燃料ボトルのみを、直接『クッカ−』に接続して軽量化を図ったものだが、クッカ−部は良かったがガソリン・バ−ナ−の強力な火力には、少し耐久強度が足りなかった。

この『ビバ−ク・クッカ−』は、購入時には、ちゃちなコルク栓が付いた1リッタ-容量のボトルが付属していたが、大抵は別売りで購入して来た栓が、しっかりと閉まるボトルに取替えて使っていた。
その使わなくなった、ボトルを加工・改造したカップも懐かしい想い出が多いのだが、散在して今は所有していない。
70年代に衝動買い?した、欧州製品の『ビバ−ク・クッカー』には
現場では、使い難くて無駄な買い物となった用具も幾つかある。
私が収集し保管している、古い登山用具の『カタログ・ファイル』の一冊の中に
1960年代の『カシン社・製品』と、関連商品を白黒イラストを多用して、主にクライミング用具を中心に、金具類に面白い物を満載したカタログがあり、その中に
この世界で唯一、たった一人の職人さんが一つ一つ、手作りで製作していると言う『ボルド・バ−ナ−』も紹介されていて、本体と共に『ゴトク』として使う数種類のパ−ツ類や、詳しい構造説明の図なども描かれていた。
1970,年の中頃から90年代まで、冬山で頻繁に使用していたのは『メタ・クッカー』と、燃料にアルコ−ルを使った『ボルド・バ−ナー』だったが、流行り出したコ−ルマン社・製品のプレ−ヒ−ト不要の機能が、便利だった初期の流通品『GIスト−ブ』や『スベア123やオプティマス8R』の出番も多かった。個人的には、ボルド・バ−ナ-とシグの円筒形で非常に軽量だった『ビバ−ク・クッカ−』を、最も愛用していたが『トランギアのアルコ−ル・バ−ナ−』や、当時は雑な製品だったが、安価だったので仲間の多くが、購入して使っていた『国産品のアルコ−ル・バ−ナー』や、(某ル−ト)から、大量・購入する機会が得られた、僅かなのだが不良品が混じっていた超・安価な『エスビット・タイプのタブレット・メタ』も、使う機会は多かった。この当時、国産品で数種類の
『類似品』が市販されていて、愛用品は大阪の小さな街工場で製造されているという、話しを店で聞いた記憶が残っている。
バ−ナ-部と燃料タンクが分離した、最も初期のコンロ
は、70,年代に情報源として、多くのクライマ-が見ていた英国のクライミング雑誌の、広告などで知られていた。
基本モデルは60年代から、流通品として製造され出していたらしく、幾つか構造上の特色が似通った製品が登場していた。そういった分離型コンロの、発展型には一つのガスボンベから、2個の燃焼器具に燃料を、分けて使えるようなコンロも出ていたが、この当時の日本には殆ど、このタイプの用具は入荷しなかった
『ガス検』で、輸入が不可能となった製品だけで10数種類の『ガス・バ−ナ−』が、あって国産の初期モデルも、この問題で市販品として、流通出来なかった製品が存在していた。

ガスボンベに直接、燃焼器具を取り付けられる今の様なコンロも数が少なく、キャンンピング・ガスの製品群の多くも、70年代には重く、嵩張るボンベ・カバ-が燃焼器具との接続に、必要な物が一般的であった。
風防とクッカ-に、ガス燃料を使用した『燃焼用具/コンロ』を、組み合わせて状況により、細い金属製の鎖で、空間に吊るしても利用できる『ビバ−ク・クッカ』が、、誕生したのは欧州からで、初期の軽量だが安定性や応用・使用に難点が多かった、単純な『クッカ-/風防機能/コンロ』を合体させて、スタッキング性が良好で、軽量なタイプとなったのは70年代の前半期からで、続々と同じタイプの用具が生み出されたが、市場で評価を得て生き残った製品は少ない。
市販品として、ある時期には国内で購入出来て使用が可能だった用具の代表格はドイツ『マルキル』が、数種類のバ−ナ−と連結して使える基本形の『ビバ−ク・クッカ−』で、渡欧時に仏で購入して来た『キャンピング・ガス』使用モデルと、日本国内で注文・購入した『EPIガス・モデル』の2種類は、今現在もメンテナンスや部品を交換して、愛用中。
特に『初期型のEPIモデル』を、長く使い続けている。
厳冬期の八ケ岳の稜線上でのティタイムや、他の山域でのビバ−ク時の使用でも、これは活躍していて、入手は適わなかったガソリン・バ−ナ−に接続が可能なモデルを仲間の一人が、今は釣り遊びでボ−トの上で使っているのを楽しく見ている。
最近なら、愛用者が急増中の『ジエット・ボィル』に、別売のキットを組み合わせれば、誰でもが簡単に同じ様な『目的』で使えるようになった。

日本では使用者を見ていないが、MSRとの組み合わせのセットや北米のガレ−ジ・プロダクッが少量・生産、販売している似通ったクッカ−・セットも使い易そうだ。一昔前と違って、手軽に入手が可能になった。
(下・資料写真)1980年代に、個人的に冬山ガイドや講習・企画では、必ずザックに入っていた『マルキル製ビバ−ク・クッカ−/EPIガス・バ−ナ−・セット』カ−トリッジ・カバ−には、秀山荘オリジナルのネオプレ−ン製カバ−を使っていた。地面で使用する場面でも、吊り下げて使う場合でも、気化冷却で燃焼効率が下がるのを、補う工夫が必要だったので。カ−トリッジ側への、配慮とは別に燃焼部とガス缶への、熱誘導に単純な『誘導装置・代わり』として、面白い工夫を試していた。
現在、市販されている『パワ−チャジャー』と、基本的な考え方は同じだったのだが、構造は非常に簡単、電気店で安価に購入して来た「物」を、ごくシンプルにクッカ−とバ−ナ−に、つなげた、だけの工夫だった。しかし、安全性と言う部分では、何も配慮していなかったので、この工夫を公開する事は危ないと考えて、仲間・数人のみが使っていた、今は危ないし、市販品に良い物があるので、使わない。
『クライマ−』=今風のフリ−・クライマ−には不要だろうが。
必要とする本格的な冒険を追い求めて、夢を見続けているクライマ−達やある種の、特殊な環境下で厳しい『時間を過ごす必要』の、ある人達にはこの種の、空間に吊るして燃焼器具とクッカ−を組み合わせて、炊事・暖かい飲み物を作れる『用具』は、必携品。『MSR』のセットは、吊り下げようチェ−ンが、柔軟で細くて扱い易いワイヤ−を採用していたのだが、風防部とクッカ−の高さが調節・収納できず、実際に使用してみると使い勝手は良くなかった。数台『類似用具』を仲間が、持ち寄っての使用時に、私はミルク缶とアルミ板を使用した『自作品』を、使用して、一人が、この最新MSRを使っていた。純正の『MSR赤缶』は、購入できなかったとかで『P製品のガス・カ−トリッジ』を、使用していたが問題は生じなかった?
『古風なマルキル』の方が、燃焼効果・燃費は良かった。
何事も、最新・新製品が良いと言う訳ではない様だ。
あまり使用者の意見や、利用者を見ない製品のようだ。
『クッカ−・セット』とは、別に『クライマ−用』に、キット用具も使う価値はありそうだが、あまり一般的ではない。
匂いが移らず、嫌な金属臭も無いと言う触れ込みで、一時期は多くの登山者やクライマ−が愛用していたフランス製『グラン・テトラ』からは、幾つかのクライマ−用とし工夫された『クッカ−』類も製造されていた。そういったクッカ−の中で、岩壁の中でのハンギング・ビバ−クでも使えるタイプのキャンピング・ガスと組み合わせて、使う『ビバ−ク・クッカ−』も含まれていて、初期の単純な風防とバ−ナ−の組み合わせから、次ぎの製品では数種類のクッカ−をサイズを変えて、使えるタイプも市販品として流通していた。下・写真は燃焼効率は良かったのだが、現場での組み立てが面倒で、パ−ツが多過ぎて実際には使い難いタイプの物だった。
日本国内で流通したのか、どうかは判らないが軽量ではあった。
本当に長く、愛用していた『マルキル・ビバ−ク・クッカ−』これまでの、30数年間で4台を継続してて使い続けていて、この写真の物が最後まで実用できている。最初のモデルは『キャンピング・ガス』対応の製品で、途中からガス・カ−トリッジの接合・規格が変更となり現実的に、使えなくなって廃棄処分。2代目に購入したのが、下・写真の製品で、実に長く使用している。冬季に使う機会が多くて、楽なキャンプや徒歩旅行に、使用する機会は少なかったが、厳冬期には本当に頼りになった愛用・用具。燃焼器具は『EPI製品』なので、10年ほど前から、この用具に適合する製品が手軽に、交換品として購入できなくなり、新しく組み合わせるための『燃焼器具』を、併せるのには少しばかり改造の手間が必要となった。
良い意味で職人気質を感じる『独製マルキル』各種、金属性のボトルやクッカ−の製品は、どれも使って来て安心感が高かった。この『ビバ−ク・クッカー』は、『ジエット・ボイル』等の、新製品が登場するまでは、唯一・市販品として使えた数少ない、実用に耐えられる愛用用具の一つ。ハンギング・ビバ−クの最中に、使えたのは、これしかなかった頃には、実に頼もしい用具だった。

今でも、実用品としてアイス・クライミング目的での、一人で探査の為に(某・山域)に入る時や、二人程度でのクライミングで、ビバ−クが想定される場合には、携帯する機会が多い。
シグのボトルと組み合わせ、クッカ−を屋台の熱燗カップと組み合わせるなどして、70年代のクライミングでは毎回、お世話になっていた『ビバ−ク・クッカ−』の、想い出は多い。加工が容易で、数種類の火器と組み合わせて使用する為に、幾つも改造して使い続けた。そのうちの1セットは穂高の屏風岩T2で、ビバ−ク中に若い相棒が不注意で落としてしまい、回収できず、もう一つは似た様な状況で南アルプスの壁で仲間が落としてしまい、最初の頃に愛用していた物は全て、手元に残っていない。緊急的に現場で、搬出協力中に失った一つを含めると、20年間ほどの年数の中で、もう3個も失っている。
     (上・写真 1978年 穂高岳・屏風岩での継続クライミング中のビバ−クにて)
当時は各種ガス・カ−トリッジが内蔵バルブが付けられたタイプが無くて、コンロ本体との接続に固定器具が必要な、今では不要となっている重量増加を我慢して壁に持ち込んでいた。写真のは『キャンピング・ガス』の製品で、ビバ−ク・クッカ−の燃焼筒の下部にコンロのバ−ナ−部を、差し込む形式で使用しているタイプ。後に、燃焼筒の底にバ−ナ−を直結する為の『穴』を空けたタイプを愛用し出す。クッカ−の固定は、単純に壁の支点から下げたスリングに下げているだけ。この部分も、徐々に改造し出して最終的には、垂直の壁でも単純に使える『3点チェ−ンの吊り下げ』で、使う事が多くなった。
(1978年〜1986年)氷ではなくて、最初の入山が未登壁での本格的なル−ト開拓を、倶楽部の冬季の重要課題として取り組んだ『南アルプスの壁』だった。数度の仲間達とのクライミングの想い出は厳しいビバ−ク体験。
その後に、一人で氷のル−トを目指すが、その頃にボルド・バ−ナ−に代わって、利用していたのが『オプテイマス8R』の本体・金属ボックス型のケ−スを取り除き、バ−ナ−部のみをシグのビバ−ク・クッカ−に直結・改造した、この軽量ビバ−ク・クッカ−・セット。高火力で余熱も、効率的で意外と扱い易く、氷の固まりも素早く溶かせて一人での使用では燃料も少なくてすむ、当時の愛用品の一つ。同じ原理で他のガソリン・コンロ数種類も改造した見たが、『8R』が一番、使い易かった。

     (右・写真 1980年 坊主沢・付近にて撮影)
コンロ台も軽量化の為、持たずアイゼンを下に敷いている。
初期の改造品で、翌年に火力調節用・金具を改良し、安定台をアルミ缶に手を加えて自作して、コンロ・燃料タンクに保温用のカバ−を付け加えた。
ガス燃焼器具の効率化に関しては『フランス・キャンピングガス』は70年代の
後半から、幾つもの工夫を凝らした用具が考案されていたが、現在のリアクタ−タイプに似通った燃焼器具が市販されながら、幾つもの欠点で不評だった為にその後の改良進歩に結びつかなかったようだ。

個人的には、このタイプの『炎』が噴出す普通の火器とは全く異なる燃焼システムが重量的に重過ぎたというのと、火力と言う部分でクライマ−からの支持を得られなかったのが理由だと感じていた。

この『キャンピングガス』の用具を数回、使った私も重量と火力の弱さ
クッカ−への熱伝導部分がガラスというのに、不満があった。
今では現物を見る事も、まず無い用具の一つと思う。
俗に『ハンギング』と呼ばれる、空間に吊るして使用するシステムには
かなり古くから、幾つもの用具があるが、初期の用具は殆どが欧州から入荷した物で、決してタイプも種類も多くは無かった。
代表的な用具は『独・マルキル』や『仏・グランテトラ』等だが、日本国内で実際に、これらの岩壁ビバ−ク専用とも考えられる特殊な用具を実際に使っていたという記録は非常に少ない。
『ジエットボイル』の登場は、決して他に例を見ない革新的な火器の発明と言う訳ではなくて、70年代の欧州系のクライマ−達が厳しい条件の中で、必要に迫られて改良・工夫して生み出された『ハンギング・タイプ』の火器と、風防システムの組み合わせから生み出された用具と考えて良い。

火器『スト−ブ』本体とスタビライザ−防風とガ−ド機能、クッカ−(ポット)に保温カバ−、燃料(ガスボンベ)
を一つに組み合わせた、この部分に他に類似を見なかった、一つのタイプを完成させた用具だ。
ヒ−トロスを防ぐ為の、吸熱フィンは20年以上も前から『MSR』が、製品化していたアィディアと。ほぼ同一の形状だし、風防システムに関してや、クッカ−との接合も、かなり古い欧州系メーカ−に似通ったシステムが見られる、これらを集大成させ保温を加えて組み合わせスタッキングに工夫が加えられた用具が、この『ジエットボイル』だと私は思う。20年、前にあればなぁ〜というのが感想。