『道北』オホ−ツクの海に、流下する河川と、上流域の山間部の中小・渓流は様々な表情を見せてくれて、キャンプ・ベ−スに利用した『バンガロ−』の、快適・環境で降雨の中での、長時間の歩行と遡行を基本とした『釣り歩き』後の、充分な休養と態勢の建て直し、各種・装備と用具の準備に役立った。その成果で、そろそろ後半戦となった肉体的な疲労や、最も重要な『意欲と集中力』の、回復も図れた。ベ−スからの移動、途中の昼頃の温泉・入浴とベ−ス帰着後の、毎晩の『チュ−リップの湯』の利用は、連続行動での、疲れを癒してくれた。

このまま、『道北』範囲を海岸線に沿って、北上して未知なる『渓』を探して『天塩川・本流』へ『チライ/イトウ』に夢を見るというのも、良さそうだとか考えたが、北海道・河川の中でも最長の流域と複雑さを秘めた
『天塩川』に、旅人の立ち入る隙など、早々・在り得ない事は自明の理。何度も、通い込んでから楽しめる場所だと知っていたので、その片鱗と上流域、そしてベ−スに選んである『岩尾内湖キャンプ場』までの、行程で通過できる、渓流に、まずは後半の最初の、活動を絞った。湖での釣りに関しては、『遊び方』として、迷いも残っているので、現地に到着してから決めれば良い。
最も手持ちの『情報』が、少なくて入渓ポィントを絞り難く、対象の渓流を決めるのが、難しい地域だった。それでも、車道を走行中に『カワカン』&『インスピレ−ション』で、3本を選んでみた。
予測していたポィントを、流れてから、追いついて毛鉤にヒット
日も高くなり出した時間帯だが、積極的に流下物に『捕食活動』を、繰り返す。
一般的な『渓流釣り範囲』でならば、良形と呼び
キ−プ・サイズと判断するのだが・・・・
途中から『オ−プン・フィンガ−のグロ−ブ』を
脱いで、ネオプレ−ン・グロ−ブに交換して魚を
釣り上げて、写真を一枚・写してからリリ−スする
場合に、手の平の温度を伝えないように毎回、手
を濡らして毛鉤や針外し後のダメ−ジを軽減する
工夫を行った。素手で、持つ細かい作業のし易さ
や、感触は完璧に犠牲になるが、この方法だと
リリ−ス後の、魚の生存率は格段に向上する。

キャニオニングで毎日、愛用している厚みのある
丈夫なネオプレ−ン製品なので、水を含むと
体温を消し去ってくれて、注意深く魚体を掴めば
温度差による決定的なダメ−ジに、関しては充分
影響を控えられる。
しかし、強い魚は予想外に暴れる・・・・
現地で購入した『2冊の渓流釣り場ガイド』にも、以前から収集して来た情報にも、出ていなかった渓流にて。
一見、良く自然環境が保全されているように見えるが・・・周囲は車道に『道の駅』これから、拡張される
『高速道』や、どこでも同じ様な『林道』に『保線道』さらに、釣り人の痕跡に、ゴミも・・・しかし、魚影は多い。
かなり『苦労?』して入渓したのだが、渓流内の自然環境は予想を裏切られてしまった。護岸工事は、目的が少し理解し難く、工事途中の雰囲気なのだが・・・人工的に流れが、変えられた人為的な箇所が、絶好の『ポィント』だったりして、かなり複雑な心境ではある。生息場所を、徐々に追われて集中しているとも考えられる。
途中から、上流への遡行と言う意欲が失せて、適度な釣果で満足して急ぎ、次に移動した。
テンカラ向きの渓流が延々と、続く・・・『蝦夷栗鼠』の森だった
『オショロコマ』と『アメマス』の生存環境が残されているようだ。標高からの判断は、道北では本州・山岳との比較は、無意味とまでは言えないが、決定的な差異がある。絶好のポィントは随所に点在していた
車道・以外には、電気などのライフラインも取り去られた『過疎化・廃墟の集落』区間では、かっての自然環境が僅かだが、戻り出す可能性はありそうだ。牧草地化された後の、人工的に人の手が入った平野部が、どう年月で変化していくのかは判らない。原生林に、戻る事は不可能だろうから、雑木・原野の様に変貌するのかも知れない、道北の山間部では野生は、少し本来の野生とは異なる形で継続されるのか・・・・・
『釣り旅』最後に、利用しようと考えて到着した、天塩川・水系、最上流部に位置する『岩尾内湖』現地は、午後から大雨だったとか、芝斜面はグッショリと水を含んでいて、快適なキャンプ・サイトの利用は期待はずれだった。バンガロ−は3棟、完備で、一つも利用者が無いというので、まずは3泊の予定で利用を申し込み、真ん中のを使う事にした。バンガロ−・サイドが、最もフラットで、タ−プで、キッチン・システムを作り易かった白樺林の中の、キャンプ場には誰も、先客はいず最近は、どこでも同じだが広大な駐車場に『車中泊』の人達が、数組。夜半から雨、気温は低くなって来たが、途中通過の森から、僅かだが枯木を拾って来てあり、バンガロ−裏を少し歩いて、更に枯木を補充して、今夜もファイャ−・ベ−スを利用した。

『キャンプ場・バンガロ−使用』を管理棟に申し込みに行った、ついでに明日の『岩尾内湖での入漁券』も1日分だけ購入しておいた・・・・1日200円。規制・禁止区域、以外でならば自由に釣れる。
しかし、ここでのメイン・タ−ゲットは『アメマス』だ・・・・少し、考えてから動こう。取り敢えずは、ベ−ス設置。
一人で、使っているのは贅沢な『大きさのバンガロ−』だった。ただし、小屋の中に、電気器具を利用できる環境は整っていない。夜間はタ−プの下で、大型のガスランプを利用していて、小屋に入る時には不便だが、そのランプを移動して使用した。バッテリ−・タイプのランプを1個、持ち込んでいたが『道南』の最初の、キャンプ場から不調で途中・廃棄して来た。こういう雰囲気の場所では、オイル・ランプが一つ欲しくなる。
『ヒグマ棲む、森の渓流魚』オショロコマには、北海道に通う、訪れる釣り人に一種・独特の感慨や、想いを抱かせる、神秘性や特殊性に関わる、想いと共に簡単に釣れる『知床半島の渓流魚』といった、固定化されたイメ−ジが強いようだ。そういった固定化された、区分や知識の中には『オショロコマ』は、知床半島にだけ、生息する、限られた希少種と言える渓流魚で、いとも簡単に、誰にでも釣られ、捕食・性格の割には、どの固体も小さく、その種類は岩魚に属すと、かなり限定された知識だけが、広く知られているようにも思える。そういった知識・意見や話題の中で、特に生息している場所は『知床半島』のみだと言う、情報は何時の頃かは知らないが、関西などの釣り愛好家の中には、広く流府した、誤った『情報』の一つだ。

本当は『アメマス』と同様に、ヒグマの生息環境と殆ど同じ様に、北海道『在来の渓流魚』として、遠い過去から知床半島のみならず、道北・道東を含めて山岳部・山間部・湧水環境の、河川に生息して来た魚だ。

各種『魚』が、渾然として渓流、河川で環境に即して、ある意味で住み分けているが、同じ流域・範囲で生息可能な北海道の恵まれた、自然そして渓流条件の中にあって、オショロコマは最も清冽で水の綺麗な環境を好んでいる。水温の環境に関しても、低温を好むと考えられていて、豊かな自然が残ると思われている北海道にあっても『オショロコマ』が、安心して生息・繁殖可能な自然環境は、徐々に減少していると思えてしまう。
そういった意味でも、生息数の減少と共に、これからの生息環境の悪化や、現象は非常に心配な魚だとも思える。簡単に、釣れるという評判は確かであり、岩魚族でありながら少しばかり、警戒心や防衛本能が弱いと感じるのは、一度でも『オショロコマ』を、釣ったことのある釣り人ならば、誰でも感じる感覚だろう。

釣り方も問わず、餌釣り、とルア使用での釣果に、これほど差の少ない、渓流魚も珍しいかも知れない。毛鉤での釣果も、同じなので注意深く、フィ−ルドでの個体数を守らないと、生息数の急激な減少も、簡単に引き起こされてしまいそうだ。

北米の『ドリ−パ−デン』は、このオショロコマと同種の陸封型だと言われていて、北海道の渓流・河川でも銀化して降海する『オショロコマ』も存在している。サクラマス・タイプのオショロコマは更に、現在では北海道でも希少魚種かもしれない。概ね、知床半島の固体サイズと、道北・道東に生息する、個体は似通っているが環境の違いによるのだろうが道北などでは、規格外の大きさに成長した、アメマス・タイプのオショロコマとも出逢える。それでも、渓流釣りジャンルで、私達タイプの釣り人が求める『対象』には、これから、この可愛らしい魚種は、外していくべきか、ある程度の規制区域の設定や自主的でも良いから、制限も考慮すべきだと、今回の『釣り旅』の最中の、体験から考え始めてしまった。使用タックル・装備を、より軽減し、釣り味を楽しむと面白いと言う意見も、読んだりしているが、そこまでして希少種を相手に釣りを楽しもうとするのは、かなり問題が残るような気もする。規制範囲は、これから、まず『知床半島』辺りとなり、条件から他の北海道・渓流に広げていくと言うのが、現代の方法論だとは感じる。北海道でのアウトドア遊びの中で、、幾つか野放し状態で、危険だと感じる物は多いが『渓流・河川での釣り』は、最も将来が危惧される、遊びの一つだろう。ガイド・ジャンルから見ても、職業的に携わる、人達が増加しているようだが、意識面でのプロからの発言や行動を、あまり見ない気がする。何かが、釣れない『釣らない』自然環境を保全・保護していくのも、これからの釣り人の責務だとは思う
『アメマス/雨鱒』は、オショロコマと同じ北海道の在来魚であるが、渓流釣りの対象として、過去から知られていた訳では無かったらしい。そして、最近では北海道では、この『アメマス』はオショロコマと同じく、年々その生息個体数が減少していると報告されていて、道北では特に河川環境の激変により、その生息環境が大きく消失してしまい、更に減少傾向が厳しいと聞いている。

この道北、特に今回、私が『釣り旅』の最終・日程で少しばかり、訪ね歩いたような『オホ−ツク沿岸』では、近年はアメマスが遡上できる河川が、殆ど無くなったとわれている。

かっては、この地域でも川底から川面まで、埋め尽くすように川が黒く見えるほどに『アメマスが遡上』したという話しは、決して嘘ではないだろう。私が、僅かな期間と範囲で見ていて、道東でも感じて来たが、北海道の自然環境は、見かけほどは強靭では無さそうだ、特に山岳地帯・山々からの、水源環境を破壊してしまったのと、源流部・範囲までの自然に、人為的な破壊を加えたので、山間部を流下する渓流でも、川底・川床が流下した土砂と砂礫で覆われてしまい、河原が異常に発達した『荒廃した渓流』は、一定・以上の水位の上昇を抑えきれない、一種の『荒れ川』に変貌してしまって、生息環境の激変が『岩魚・アメマス』の、激減に結びついたのではと考えられる。

泥質系の川底や、多種多様な自然環境が、単純な自然環境に変化した場合は、やはり結果は全体に影響を及ぼし、渓流魚は最も悪影響を受けたという事なのかもしれない。
『アメマス』は、かなり古いタイプの渓流・魚種だと言う学説を読んだ。進化の過程で、他のライバル関係の魚種と比較して、生存能力で遅れをとったとも、考えられているので北海道と言えども、これから更に厳しい
生存・環境の中を、生き抜いて行かなければ、ならないとしたら『イトウ』と、同じ運命を背負わされている
魚なのかも知れない・・・・・『絶滅してからでは、何を後悔しても遅過ぎる』

今回の、少しだけ日程に余裕のあった『私の北海道での、釣り旅』の、終盤で『オショロコマとアメマス』は
独特の感慨を、少し体験から学び感じた・・・・取り敢えずは、全てリリ−スする気になった。
釣れない、魚という経験からではなく、私にでも簡単に釣れるから・・・・・これは危ないと、余計に実感。
岸近く、足元まぎわまで追って来て、反転して逃げる場面が多いが、時に目の前でヒットの瞬間を目撃する機会もあって楽しめる。『毛鉤』に、関しても同様なパタ−ンが起こり得ている。
変貌していく自然を、彼らは、どう感じながら生きているのだろうか
道路環境は、急激に向上・改善していく、自然環境も急激に変化
次ぎの再訪時には、また景観が変っているだろう
広い『白樺林』に、周囲を取り囲まれた静かな湖畔のキャンプ場。まるで『絵に描いた』キャンプ風景である。
誰も、歩いていないキャンプ場から駐車場、下から続く芝斜面を下って湖面を見に行った。
『釣り旅』の、朝の習慣として一応はルア−・ロッドを用意して、ボ−ト乗り場までの、歩き易い岸を少し歩いて朝のライズを目標に、キャストを繰り返してみる。最初に、遠投したルア−に少し当りを感じたが、その後は変化なし。周辺の写真を写したり、ライズを観察したりして早朝の一時を湖面を眺めて、過ごしてから戻った。
私の住んでいる阪神圏の、街近くの川のような雰囲気だ。とても『北海道の山間部』の渓流とは思えない、この自然環境は外部から窺い知れず、変化による環境を知り得る人達は少ないだろう。
キャンプ場は無料。バンガロ−の利用は、一泊3千円
早朝のチャンス時に、少しキャストを試して、岸に寄って来る魚影を確認。そして遠投したスプ−ンに当りを感じて、いつもなら俄然ヤルキに、なるのだが『アメマス』を、釣り上げたいという欲求は失せていた。
20日間も連続的に、しかも集中して釣りを楽しんでいると、その時々に感じる単純な楽しさとは別に、違った感覚や反省。自問から、自分の遊びに関しての考察も、自然を眺める時間と質によって変化して来て当然。
あまり、現地で入手した資料を細かく、読む時間は無かったが帰宅したら、詳細に読みたいと思う雑誌や本が溜まって来ていた。持ち込んだ『情報』は、時折に広げて情報を確認するのに利用していたが、その時に目立つ文章や題字には、今・現場で感じている環境とは矛盾するような事柄が、日増しに増えて来たように感じ出した。
釣れる、釣る為の、そして北海道は別格であり、どんどん来なさい。観光・フライトは便利で、ここのホテルにレストランも自然も、とにかく素晴らしい。ジャンルは違うが、ルルブやジャランと本質的には内容は同じかもしれない。渓流魚は豊富で、絶対安心みたいな感覚。そして観光・遊びの為の『資源』これの有効活用・・・・
さて。私は情報に簡単には誘導されたり、単純なレトリックに騙されないタイプでは、なかったのか・・・少し、遊びの誘惑に、騙されたのかもしれない。

北海道での淡水領域・水系での『釣り』を、積極的に推薦するタイプの雑誌や情報に関しては、妙に『往年の』とか『釣り人の良心・モラル』最後は、かなり危ない『自分でル−ルを決定する』等の、少しばかり現状認識に甘過ぎ、自分達の都合の良い理屈立て、そして論理が目立ち過ぎる、気配を感じてしまう。
観光と自分達の『遊び方』が、社会で通用し出した事による弊害や、将来的な自然環境の保護と、どの程度まで折り合うのかを、上手に誤魔化しながら、情報を公表したり、良さそうな部分だけを公開しているのではないかと言う疑念・不信感を、私は抱き始めた。

『ブラック・バス』と何か、共通した『釣りを媒体とした商業利益』が、徐々に北海道では、過剰に『川釣り』の将来を包み影響力を、加速度的に強め出した結果が、多くの『釣り情報』に、影響を与えているのではと思われる。特に『往年の名フィ−ルド』有志グル−プによる積極・放流、様々なタイトルで、釣り人の来訪を誘う文章・情報に、目的を疑ってしまうのは、あまりに天邪鬼なのだろうか?

関西での生活で、滅多に長期・滞在や移動『旅』を楽しめない、私達には北海道は広大で、自然は雄大・そして比べようも無い素晴らしさに時として、現存する全ての『自然』が、これからも永続的に保たれていくと、錯覚しやすい。それは、一種・ゴルフ場を本物の自然と、錯覚する今時の子供達と大差ない、危うく愚かな自然観と知識だ。渓流魚を釣り上げ、時に好奇心や自己満足の範囲で、食し自分の満足・以上に消費している私は時間の経過と共に、自分の『遊び方のスタイル』に、目を向け始めた。これは、現地での体験が、あっての事で、単に自宅で『情報誌・ガイドブック』を読んでいるだけの場合には、思考が充分に働かない。
天塩川の再上流・ダム湖の『岩尾内湖』は、数多くの流入河川を有していて、山間部への湖からの移動、川と湖を行き来する魚達が豊富に生息すると、説明されているが有名な『サクラマス』に関していえば、これは毎年・町が定期的に、かつ積極的に放流している成果としか言えない。北海道、有数の『サクラマス・フィ−ルド』は、最も放流実績の成果が現れた場所だと言う事だ。ネィティブと言う表現を使い過ぎる・・・・・・
渓流範囲で釣る『アメマス』とは、多分?比較に成らない、大きなサイズが釣れるだろう『岩尾内湖』の畔に来て、3日、4日と、その気になれば、必ず機会も好条件の場所も探し出せて、釣果を得られるだろうと言う感触は得ていたが、何故か積極的に、この湖で『アメマス』を、釣り上げ様という気持ちが、湧き起こらなかった。入漁券は購入したし、ライズが活発な最も好条件の場面にも、数分で立てる環境にいたのだが、想いは前日までの清冽な流れが視覚に、感覚に新鮮な渓流だった。

この場所まで来ると『天塩川・水系』の河川は近い。しかし、気持ちは滅多に、訪れる事は無いだろう、今から
移動するには、かなり遠くなってしまった『オホ−ツク』に、流れ下る河川に向ってしまう。
一人旅は、こういった場面で自由が効く。朝靄が薄れ、白樺林が明るくなり出した時間に再び、長距離・移動
を開始した。これは、釣れなくても良いから北海道・滞在の最後に、もう一度『山の中での釣り』と北海道ならではの、明るく自由な大きな河川での、釣り時間を楽しみたかったからだ。
北海道での『釣り旅』は、道南からスタ−トしたので
広い北海道の河川環境の、違いを実際に見られて
河川を含んで、山間部の自然環境を理解する良い
機会が得られた。

『情報・知識』として、映像や活字で見て来た環境が
本当は、こういった状態なのだと言う事を、自分の目
で見て、考える機会を与えてくれた。

岩盤の発達した、上流の渓流と、更に上流範囲の
山間部でさえも、周辺の自然環境には人の手が加え
られていて、一端は徹底的に人為的な改造が行われ
た、山地が他の日本の多くの『中間山地』と、全く同じ
経緯の様に、半ば廃墟。人の生活環境からは捨てら
れて、荒地から変化し出している風景にも多く出合った

車道工事や、排水工事、目的が私には判らない工事
は随所で、広範囲に行われていた。
渓流範囲は、本来・最も脆弱な自然環境なのだが
そういった環境も、激変して行く様だった。
上流からの流下物に、工事関係の膨大な人工物や
産業廃棄物に属するのでとは、感じる物も発見した。
釣り場環境の『規制・管理体制』が、整っている箇所ほど、ゴミの放置や釣り人しか残さない種類の放置物も
毎回、見つけてしまった。

渓流沿いの『駐車スペ−ス』での、怪しい人物の往来や明らかな、危険も身近に感じた。
他の、府県と同じ『釣り場・環境の悪化』は、北海道とて例外ではなくなった、これも仕方のない事だ。
長く『長野県の山岳環境』を見続けている。『略奪産業』は、山の自然にさえも忍び寄るものだという事を、私は自分の目で見て理解しているし、危険な兆候を感じるだけの感性は持ち合わせている。北海道の淡水領域での『釣り遊び』は、山岳渓流も含めて、特に下流部から中流部が危うい状況だと感じた。
経済優先は、どこの土地でも横行しやすい『理論』生活あっての、自然という意見と地元の意向は拝聴に値するが、余所者からの意見が少しは、環境の破壊や悪化を食い止める為の『力』に、成れるかもしれない・・・・・
北海道ならではの、素晴らしい『自然環境』周辺には、人工的な施設はダムとダム管理の施設や、僅かな痕跡のみで、、広大な土地に保全された『自然』が、豊かに残されている。そんな環境の中の『整備されたキャンプ場』なのに、一般キャンプは無料で、荷物の搬入に芝面キャンプ・サイトへ車の、乗り入れさえも許可してくれる。これほど、快適で環境の良くて、風景にも素晴らしい場所でのキャンプが、本当に無料だという事が驚きだ。こんな場所でのキャンプを経験してしまうと、他のキャンプ場との比較が行なえなくなってしまう。
山の中の『キャンプ場』で、これだけ広い駐車場を備えているのも、驚きだ
これから、『車中泊』利用者の、増加が危惧される・・・・
シ−ズン前の準備期間の、時期に『管理棟・売店』に備えられている、各種『飲食物』の種類と量は、他のキャンプ場や施設と比較しても、充分な準備だと感じた。短期間の親子での『キャンプ』ならば、ここで充分に余裕のキャンプ生活を過ごせるだろう。夏期シ−ズンの混雑ぶりは容易に、想像できる。
川下りの『カヤッカ−/カヌ−イ−スト』や、登山関係の愛好家、そして自転車旅に使う機会は少なそうな
『場所』だが、日程に余裕があれば、ここは天塩川・流域での釣りの拠点となりうる。評価基準の一つである
『温泉』に関しても、日中の活動に合わせて、途中通過の南北方面に二箇所の、入浴適地があるので慣れている旅人には、それほどの不便は感じないとも思う。キャンプ施設の中の『シャワ−』も、時間帯に有効に使えば、便利な筈だ。『岩尾内湖・周辺』だけでの、釣りが目的の場合には、長距離の移動も無くて快適なキャンプ生活が過ごせるので、ゆとりのあるキャンプを求める、人達と共に、ここは得難い『キャンプ場』と思う。
『北海道キャンピング場ガイド』の91年度版と、97年度を北海道から、関西に戻っても時々、チエックしていた。今回は新日本海フェリ−での、船旅で売店で購入し来ていた。移動途中にも、何度もペ−ジと地図を、見比べながら利用して、最も頻繁に活用していた『情報』の、一つだった。北海道での、私の楽しみの一つは理想的な自然環境の中で、快適な『キャンプを楽しむ』これは、かなり重要な遊び方の中での、要素なので、今回もだが心落ち着き、周辺の自然が素晴らしいと、本当に、うれしくなってしまう。

そして、『無料』である場合には、ここを使わせて頂き、感謝と言う気持ちが倍加する。キャンプ・チェア−に深く、腰掛けながら『焚き火』から静かに、立ち昇る煙が白樺の林の、上空に消えていく光景と、野生生物が目前を通過したり、注意深く、こちらに興味を抱いてお互いの視線が、合ったりすると、この『旅』の良さを満喫してしまう。

天候に関わらず、日中の殆どを移動や渓流・河川内での釣り活動に使っていたが、晴れた日の朝から、何もせずに、お気に入りのビ−ル缶を片手に、北海道の食材で簡単に、調理した美味しい物をツマミながら、現地の情報が詳しく書かれている『書籍や雑誌』を読むのは、至福の一時だ。
これが、休日の過ごし方としては、理想系の一つで、午後から遊びの『釣り』も、仕事の『沢もキャニオニング』も無くて、水流の中に入らない夏の日は、私には格別な時間。

さて、午後も遅く、軽い酔いも完全に消え失せてから、珍しい飲料可の温泉で『効能高い、炭酸湯』も面白そうな、山の湯と食料品の調達に遠出しよう。『焚き火』の薪は、いつもの様に前日に風呂に向かう、途中に見かけた木工作業所で、声をかけてオジサンから親切に、選んで貰った充分な量の『薪』が残っている。炊き付け、には白樺の樹皮も貰って来ていた。贅沢な夜の一時は、保障されている。
『岩尾内湖キャンプ場』から、最も近い町まで意外と遠い。かなりの山間部なので、旅行中は滅多に夜間走行しないが、慎重な運転でダム湖の山から、下って地元の小さな食材店で、買い物を済ませて利用できる『公共施設』を、教えて貰う。老人福祉センタ−の中の、風呂を利用した。低料金で、利用者も少ないとの事で、入浴中に誰とも会わなかったのは残念。ここを出て、キャンプ場に戻る途中に、薪が山積みされていた建物と敷地を見ていたので、作業所のような建物に、人がいたので一声かけると、木工の作業所のような場所からオジサンが出て来てくれて、親切に、こちらの木片は火付きは良いが、燃焼時間は短いとか、色々と教えてくれながら、北海道の木材の知識を学べた。充分な量の『薪』を、頂戴してキャンプ場に戻る。次回の再訪時には、ここも含めて『粟おこし』用意が、必要な場所が多い。娘と来れる時に、御礼したいと思っている。
『岩尾内湖』の、バンガロ−利用でオホ−ツク側の川に遊んで、戻った翌日は休養日として、溜まって来た連絡事務とスク−ル申し込み者への、メ−ル連絡の為に、携帯圏内に移動した。そして、『釣り旅』最終の前日の、1日は、次ぎの機会のための情報収集に費やした。この半日の山の中での、探査は中々に充実した。
そして、舞鶴への、フェリ−の予約や装備類の整理で午後は忙しく、夕方から、この白樺林のキャンプ地での雰囲気を、夜更けまで楽しんで就寝。良く遊んだ『旅』の最終日は、竿もロッドもパッキングした。
Tuesday, 17 July, 2007
道北に位置している『岩尾内湖』から、『小樽』までは意外な程に短時間で移動できる。無論。高速道を利用しての事で、景色とか旅の楽しみを、半減以下と犠牲にしての事だ。今回も、せっかくの最終日なので、余裕を充分に計算してから、旭川経由で『富良野・美瑛』の、景観だけは楽しみに立ち寄った。ついでは、有名な『山の露天・風呂』ここにも、大勢の車中泊・組が滞在していて、中には、かなり長期に滞在している人達も、いるようだ。無料・入浴、駐車の場での長期・利用者には少しの遠慮・行動や利用に関しての、節度が必要だな。ここの、主の様に振舞っている中高年者には、年齢相応の常識を期待したい。
普段は、旅の途中に必要以上の『浪費的な飲食』など、しない。今夜は誕生日だという理由と、妻との電話でアドバイスされて、少し贅沢してみた。こういった場所での、豪華な飲食は似つかわしく無いが、久しぶりに街中で、北の御馳走を満喫させて貰った。搭乗するフェリ−の時間帯は、遅い。ゆっくりと夜の小樽を散策したかったが、あいにくの雨で、時間をつぶす場所が少なくなった。ホテルのカフェに立ち寄って、ガラス工芸品を、見ながら『旅の余韻』を静かに、楽しんでみた。
少し、長い日本海側の航路、船旅は単調だが、窓から『釣り旅の記憶』を楽しんで、ゆったりと過ごした。
東北範囲での個別ガイド業務や、各メディアからの特殊・依頼は年々、増え出して来たが『北海道』での、仕事は少なく、頻繁に北の山々を訪問していない。次ぎの、訪問時は愛娘が一夏・休みを利用できる2年後か・・・大雪『五色ケ原の高層・お花畑』と、根釧原野の『スプリング・クリ−ク』そして、少しばかり鍛えてから『シ−カヤック』自艇を持ち込んでの『知床半島・一周』が、親としての私の夢だ。釣りや、山頂を目指す、登山には執着がない。愛妻には、とっておきの自然環境での『キャンプ&バンガロ−生活』に、露天風呂コ−スかな
これを書き終えている今日、北海道・各地で震度4の地震が起こった。北の地を、揺らした震源地が、遠い『京都』の、日本海側の海底からだということに、私は驚いている。

関西に戻っている、私にも感じる揺れも、震源地が不思議だ。1千キロも離れた、日本海の真ん中から北海道まで地震が影響を、与えるとは・・・・『ユ−ラシア・プレ−ト』から『太平洋プレ−ト』へ、これは中越地震の影響なのだろうか?

全く、自然は解明されていない事ばかりだ。震源地である『京都』の、人達は、この揺れを知らないという・・・・日本の、地震と揺れの構造的なメカニズムは、益々、複雑だと再認識してしまった。
中越地震の被災地から、ほんの60Kmほど、海を隔てた『佐渡島』を、2ケ月、前に今回と同じような『釣り旅』で、訪れていたばかりで北海道の沿岸部も、最近・通過して来たばかりだったので・・・・
変なタイプの7月の台風と共に、気になる自然の変化ばかりだ。
次ぎの船旅の、時には前に愛娘や妻の笑顔を見たい・・・・・
今回の『釣り旅』で、利用した各地の温泉施設や露天風呂を紹介しました。
この『瞬間』が、楽しいと感じる釣り人は多い
湖、対岸の沢から『ヒグマ』が、かって泳ぎ渡って来た事が在るという
一見、平凡な地平流で流れの無い雰囲気だが、意外と底流は複雑
『サクラマス』の有名フィ−ルドとして知られている『岩尾内ダム湖』
太糸・餌釣り・使用