六甲山の岩場『仁川渓谷・真珠岩・逆くの字ル−ト』
地震の揺れや、大規模な風水害ではなくて、突然の自然崩落・現象によりル−トが消滅
金属製の『チヨック』を使い始めた頃に、最初に実際のリ−ド・クライミングで使用したのが『逆くの字ル−ト』や、堡塁岩の『中央稜』だった記憶が残っている。『真珠岩』のクライミング史は他の、六甲山の岩場と比較しても、かなり古くて昭和・以前にクライマ−の挑戦対象であった事が知られている。当時のクライミング用具の範囲で核心部が、突破できたのは『ロック・ピトン』を積極的に使用し出したからで、クラックの途切れた出口の突破を昭和のクライマ−は『ボルト使用』で、誤魔化してしまった。私達が中学生の頃に、数個のカラビナと出口まで、長さが足りずにクラック途中でピッチを区切ってまで苦労して挑戦していた頃には、ボルト類をル−ト上に見た記憶が無い。俗に『A0−W級』ル−トの粗製濫造・時代に入り始めた次代の最初の時期に、私達のクライミングは入っていたのかもしれないが、予備知識も無く、ボルト類の使用はおろか、現物さえも持つ事が適わなかったかった子供の私達は、恐さ知らずで核心を先達達と同じ条件で突破する機会に恵まれていた。
昭和13年の六甲山・水害から、登山者の間で知られているだけで3度、この渓谷内の岩場と周囲の斜面で大規模な崩落、巨岩を含めた山腹斜面の落下が起きていて、震災時に直接、各岩場に目立つ被害が起きたのではない。『真珠岩』を語る、登山者やクライマ−の中に、この岩場の現状を震災時の被害と説明する人達が多いが、それは違う。地震や豪雨が直接の、原因ではなく、突然『逆くの字ル−ト』のクラック部から、岩盤状に下部の岩場が大きく、崩壊落下した。六甲山・範囲の谷や斜面の荒れや、崩落地を『震災』の影響と説明したがる人達が最近は増えているが、勝手な説明は問題だ。