Tuesday, April 08, 2008
ほとんどクライマ−には知られていなかったが、1972年から80年代の中頃まで『山の中の小さな、公園』に変貌するまでは、関西で最もアプロ−チで、歩かなくてボルダ−に触れられる、得難い秘密の『小さなボルダ−・エリア』として私達、数人が利用して楽しんでいた。以前に存在していたハイ・ボルダ−は今は、子供達が遊ぶ滑り台や遊具に変り、大人が遊べる『ボルダ−』の数は少なくなった。
2008年に公園内で重機が入る「本格的な工事」が始まり、残った『ボルダ−』も消失するかと思われたが、幸いな事に公園内の水道・施設に関わる工事だけで、現存する大岩に変化は無かった。
周辺の宅地化・住宅の増加は目を見張るスピ−ドで、山中という表現は使い難くなって来た。それでも側溝や住宅地の外れには、歴史的に見ても興味を抱く露岩・大岩が多くて、非常に面白い岩も存在している。
兵庫県・西宮市
『北山公園のボルダ−・タワ−』と同規模のハイボルダ−等も、マンションが建設されるまでは利用範囲に点在していたが、今現在は『公園』下からのアプロ−チそのものが、マンション住人以外の立ち入りを禁じているので、ボルダリングの対象として使えなくなった。公園を利用する人も少なく、子供専用の滑り台・横のボルダ−しか今は、課題として利用できる大岩も無くなったが、フェンスの中には過去に使われていたボルダ−が見えている。
宅地化の波が押し寄せ出した1970年代から、徐々に周辺の環境は激変し出したが『マンション』の完成後と、公園の整備後からは、完全に『エリア』としての価値は失われてしまった。その代わり、公園の整備が終わってからは、大岩の存在が車道から全く見えなくなったので、クライマ−の興味や視線が、この周辺に向く事は完全に無くなり、唯一、残った『ボルダ−』が次ぎの開発で消失する事もなさそうだ。車を止めて、公園に入り徒歩1分でボルダリングが楽しめるという環境は今となっては、貴重。関西で多分?アプロ−チが最も、楽な『ボルダ−』である事は確か。周辺のボルダ−を新規に、整備したり課題を設定する事はるのは周辺・住民や環境の問題を考慮すれば、止めておくのが無難だと判断して、こっそりと使用している。
情報を一般・公開すると、あまりに便利過ぎる『ボルダ−』なので、いらぬ問題も発生しそうな時代なので個人的な範囲でのみ、場所などを紹介するに止めている。