黄色い生地の中に薄い、断熱マットが入った3枚・折のキャンプ用のマットレスを頻繁に山で使っていた頃。剣のキャンプ場から少し、離れた高台で立派な三角テントが数多く、張られた小屋近くのキャンプ場を見ながら、いつも一人で星空を見上げながらの一晩。この頃は、ツエルトも持たずベ−ス地から離れた場所では、晴れた日には、どこでも気楽に横になって寝ていた。この頃は、シュラフカバ−も持ってはいなかったし、薄いマット以外にビバ−ク専用の装備などは、何も持ってはいなかった。ロ−ソク1本も節約の為、滅多に火をつけることも無かったし、暗くなれば寝て、夜明け前には起き出して行動を開始するのが当然だと考えていた。
小学生の頃のキャンプで、どんな『マット』を使っていたのか?不思議な事に、全く記憶が無い。マットらしい装備を、いつごろから使い始めたのかの記憶も薄くて、ビニロン生地かコットン地でカバ−された、当時・唯一だったかも知れないキャンプ用マットの使用のみが、やけに記憶に強く残っている。
借り物としては『空気注入式の初期の国産エア−・マット』を使用していた時期もあり、記憶も定かではないのだが、半身用も全身用も含めて、このタイプのマット類を購入してキャンプで使っていたようだが、あまり記憶も印象も残っていない。地面の硬さを和らげると言う、目的には適った用具だったが狭いテントの中で使用するには、不安定でもあり、重量面からも格別・優れたマットだという記憶は無い。

多分、小学生の頃のキャンプには、当時は登山専門店やキャンプ用具を取り扱っている店も、生活圏には無かった筈なので大人に書いて貰った地図や住所を頼りに、仲間達と神戸に出て放出品を大量に販売していた『サト・ブラザ−ス』とかを利用していたのだと思う。生まれて初めて購入したクッカ−やシュラフも確か、この神戸の米軍放出品の怪しい?用具類だった。登山用として記憶に強く残っているのは、当時カリマット((カリマ−社製のマットレス)や、同社のザックの背中部分に折畳んで収納されていた、半身サイズにも満たなかった短く、薄いマットだが、カリマットの初期の物はマット自体に撥水性能は無くて、耐久性にも乏しく、快適な装備と言う記憶は殆ど無くて、長期間の使用で素材そのものが劣化してボロボロと、角から欠けて全体にも亀裂が入って来て、とても使い難かった。ザックに内蔵されたマットも緊急用もしくは、マットの補助ぐらいの物だったので、いちいちザックから取り出して頻繁に使用するというタイプのマットでも無かった。次に購入したのはアメリカ製の『エンソライト・マット』だが、厚みや反発力には良い部分があったのだが、やはり、初期の製品は本体そのものが白系色で、汚れが目立つ上に、やはり耐久性に劣っていて、長く愛用していたと言う記憶が無い。。その頃に耐久性や重量で、満足できたのがカリマ−社の黄色いロ−ル収納タイプの『カリマット』で、初期の製品に比べて格段に耐久性が向上していて、比較的・マットそのものは硬いのだが充分に雪上での使用でも使えて、その後、これを数本、買い換えて使用していた。

現在の様な軽量で使い易く、雪上での使用でも快適で寒さを防いでくれる優秀なエア−注入タイプのサ−マレストに代表される、高品質なマット類が無かった頃には、冬季クライミングで、どの種類のマットを担ぎ上げるかは重大な問題ではあった。軽さのみならば自分の身長の半分程度にカットした俗に『銀マット』と呼ばれていた、薄い多層マットに補助マットの組み合わせや、ロ−ル収納タイプの半身用にザックの組み合わせ等を、よく使っていた。この頃の市販品のエア−・マットは重量面と耐久性能で、クライマ−から評価を得られた製品は、殆ど市場に出回っていなかった。