『小太郎岩・正面・下段壁』
1960年代の後半時期から、70年代に接近の容易な『下部壁』には数本のボルト&ピトン連打でエイド・ラインが開拓されていた。私達が初めて、この岩場を訪れた1972年頃の記憶では、この下段壁には最低で4本のラインが造られていて、ル−トを拓く余地としては左端の顕著なクラックが残されているだけだった。ボルト連打での単調なラインの製造ならば、まだ既成ラインの横に無理やりボルト・ラインを作れたが、それでは全く面白味が無いので、この岩場で最初に私が開拓したのは、この下部壁・左端が最初の1本だ。

関東から遊びに来た、涸沢時代の友人を誘って、中段・快適なバンドでハンモック・ビバ−クを楽しみながら、上段にも1本のル−トを開拓した。当時でも滅多に、継続される事のなかった『小太郎岩・最上部』の岩場にも、一部だがオリジナル・ラインを付け加えている。
『下部壁』に拓いたラインは、極力『ボルト』使用を制限して、ピトンを使用しているので、再登者は殆ど、いないと思う。
Friday, 23 October, 2009
一般的に多くのクライマ−が利用する、正面・下部の各ル−トよりも『ライオン・ハング』直下に無理なく、繋ぎ易いラインだったので、講習企画でも頻繁に使用していたが90年代から、あまり登る機会が無い。