『チャレンジド』と言う・表現を知ったのは、1983年に若い友人達を引き連れてシャモニ−に入った夏定番のモンブランに登るのに、一般コ−スからだと若い仲間2人は満足できそうもないほど、元気だったので以前から見ていて、美しい『氷壁』に惹きつけられていた

『ビオナセイ』

ド−ム・ド・グ−テに繋がる.、

モンブラン山頂への、山行で小屋で出会った英国から来ていた二人のクライマ−と知り合ったのが・きっかけ。小屋で、お茶を沸かしていた時に、隣のテ−ブルに座る明らかに視覚に障害を持つ・男性の事が気に・かかっていた。山頂に登って来たのだろうか?正直、登頂して降りて来ているならば、凄い・な。今からならば、明日は頑張って欲しい・な。興味を含めて、コミュニケ−ションを取ってみたいと・思っていた。
少し、多めに沸かした湯で紅茶を入れてから、その二人に・お茶でも、いかがと話しかけてみた。その時に、視覚に障害を持った・中年・男性に私からの・お茶の誘いが来ている事を説明している男性が、このチ−ムのガイドだ・な、と雰囲気で感じた。

その、夏。グ−テ小屋で知り合い。彼らが定着・宿泊していたアルジャンチェ−ルのキャンプ場と私達がキャンプしていたロ−ジェ−ルを相互に行き交いし、夕食や・お茶を楽しむ機会を得られて。彼らの活動を詳しく、知る事が出来た。「ハンディ」と言う、表現と・『チャレンジ』そして『チャレンジド』と呼ぶ、表現が会話の中・彼らのクライミングや、行動を説明する際の会話に頻繁に出て来る。『チャレンジ』は、日本人の我々でも、比較的・良く耳にして・意味する・事柄・イメ−ジする事柄を含めて理解・認知しやすい。『チャレンジ・ド』は、その時までに、文献で呼んで表現としては記憶に残っていた

しかし、本人が『チャレンジ・ド』で、その言葉・通りに同じ活動範囲の『山』で、そのチャレンジしている姿を見て、同じクライマ−として懇意に付き合い出して・私は『チャレンジ・ド』の本当の意味を理解したと考え出した。

『この世の中は不公平だ』それは、政治形態が変わっても・経済が発展し科学が宗教観をも変えだした・現在・でも致し方の無い「現実」だとは思う。全てが公平で・全てに対等な人の社会は『夢』に過ぎない事を知っていても、せめて・山の世界・遊びの世界の中では『チャンス・機会に関しては・公平・平等』=挑戦する機会を妨害されたくは・ないものだ。かっての「アルピニズム」には、「ヒュ−マニズム」やパ−トナ−や同じ・アルピニストとして国の違いや人種・技術・キャリアの優劣を越えた・視線の温もりが確かに存在していた。

正直に述べれば・この20年のクライミングを取り巻く・人間・環境は激変して来たようだ。そう感じるには幾つかの現実的に立証が可能な、理由や原因が存在する。その、変化には・残念ながら『人間性の復権』とか・遊びの中での弱者・参加への支援や・社会福祉に係わる・スポ−ツとしての飛躍・そういった現象は向上していない。僅かに・当事者・関係者の努力による進歩・将来に続く活動の芽生え等は生れてはいる。しかし、それは・以前の20年間の変化や革新と比べて、明らかに停滞している。それは・変化のスピ−ドが加速している中での変化・向上との比較で、明らかに遅く。そして、意識の中での変化も実際は・それほど進んでは、いないから。

『登山・山歩き』範囲の世界・愛好家の範囲での変化は・クライマ−
と呼ばれる多くの人達とは・異なる意識変化を見せ始めている。

理由の一つには・山の世界の中で活動している人達の年齢層の変化
中高年・層と呼ばれる、世代が『山歩き』から・本格的な登山にも参加
し出して・それらの人達には過去の組織・山岳会レベルが求めていた
目標なり・組織的な意識の統一感は感じられない替わりに・より個人
単位・少人数での自由な活動や、行動、それに伴う自主・独立的だ
が、ある意味で素人スタイル・自分勝手・系統的な練習や訓練を嫌う
傾向が強い。組織的な活動を嫌う反面・個人・個人の感性は自然に
向うようで・環境保護や社会活動への興味が自然と強まる年齢層で
ある事から・自分たちの趣味の世界である『山』でのチャレンジド参加
に関しての・理解や支援・感情は社会経験が乏しく・福祉教育も未熟な
若年層と比べれば格段に優れているので、現在のチャレンジド(障害者)
参加の「アウトドア・登山』関係の支援グル−プ等の主流として、活動も
活発である。

『チャレンジド』  個人的・体験からの感想

1993年5月22日  MCS舟橋 健

低山での気楽な範囲での『山歩き・ハイキング』
が、最も視覚障害者の最初の、野外・遊びに向い
ているのではと、思います。
サポ−タ-を、ボランテイアとして募集しなくても
違った、方法で集める事や、理解者を増やす事も可能
なのでは、そう感じ出したのは不思議な事に「障害者」
支援を、専門的に主張するグル−プや組織の活動から
少しばかり、距離を置き始めて気が付いた。
『推薦者』としても、紹介者としても名誉な事だと思っています。「キャニオニング」や『沢登り』講習会に参加してくれたメンバ−が広く、社会的に知られた『植村直己・記念館』からの『賞』を受けた事は、うれしい。 ある種の「プロ・ガイド冥利」と感じて感激もしました
どこまで・進むのかは本人達の
『意欲や希望』次第です。

周囲は、その『夢』への手伝いを行えるだけです。

向う、方向を間違えないように無駄な労力を要しない様
に、危険から避けられる方法を含めて手伝える事は多い。
99年から、数回『名誉と言われる』アウトドアや登山に関係する組織から『ガイドの社会貢献・活動』か何かの賞の候補・関係で詳しい情報・資料の提供を打診された。ワンコの救助・後の何とかの『賞』と同じく、自分には似つかわしくないので、辞退しました。逆に、自分が何らかの機会を得られて私のプログラムで社会から評価を受ける方が登場するのは、我が事よりも・うれしい。
ここに私の『プロガイド』としての誇りを見出しています。