『山と渓谷』記録・情報

『朝日新聞・社、記者・撮影』

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96年『天川シャフトの氷柱、完全・結氷』

天川・氷柱ライン「シャフト」の課題・解決   (奈良県 天川村)

(MCS 国際山岳プロガイド 舟橋 健・開拓・初登)

「渓流釣り・主に伝承系・和式毛鉤」に、私が長年・関わっている「縁」で、このアイス・クライミング・エリアも、毎冬の現地情報を「確実」に、その時々に即日に簡単に入手できるので、当たり外れ・なく「無駄なアプロ−チと時間」や、アイス・クライミング特有・特に関西エリアでの、失望感を現場で味わわなくて・済む。

私の「ガイド&講習」プログラムの、とっておきの「隠し?的な穴場ル−ト」の、一つ。

関西でも、最難氷柱ル−トの1本でしょう。

氷柱・部分の氷質も、これまでに数多く経験して来た「ル−ト」の中でも、最悪の部類でした。ストロ−・タイプの極細ツララが・不規則に重なった非常に脆い『氷柱』状態は・全体的に強度が弱く。
強い蹴り込みで・何層かに重なった氷面に簡単に靴が、入り込みアイゼンの爪が効かせられない。アックス類のピックも先端部のキザミ目や刃先の厚みでは・必要な荷重・強度が得にくいので、引き下げ角度を保たないと・次のピックへの移動・加重が危険なので・1ム−ブの距離が極端に、制限されて・その距離分の移動・時間が長く。
危険率の時間も長くて。精神的・肉体的に持久力が要求されるタイプの垂直・氷柱ライン。

(舟橋・撮影)

氷柱ラインが始まる「中段・部分」の安定した左壁・部・確保地点に確実な支点(ロング・ライフ)2本を奮発?して、設置しておきました。しかも、寒気の厳しい環境・時に。

『危険性』を、秘めているル−トなので「課題」として、若いクライマ−に向けて・紹介しておきました。死なない・回復不能の怪我も避けて・気合を入れて、本気で挑戦して欲しいと思います。氷質の悪さを・理由にスポ−ツ・フリ−・スタイルで誤魔化して挑戦する『課題』とは、私は思いません。

氷が無ければ『遊べない』と、思い込んでいた頃には・・・・
まさか・こんなに・フィ−ルド・が広げられるとは想像も・して
いなかった。

岩質や上部(出口)からの落石の危険も考慮してだろうが
この『天川シャフト』の、課題も完全・結氷・氷柱が形成され
なくても。「課題」として、登れるかも知れない。

この・崩壊ルンゼのアプロ−チは、現在では登る対象では無くなった

激しい・崩壊と土砂・流出の被害を抑える為に、崩壊ルンゼ全体に連続的にコンクリ−ト堰堤が建設されていて、完全に階段状態となって氷結の可能性も、殆ど無いので・ここを氷柱へのアプロ−チとして使える・機会は消滅した。

工事が始まる・前までには完全に積雪でルンゼが埋まり・ルンゼ中心部が結氷して、岩雪崩の危険性が減った「チャンス」に、岩に張った、極薄ベルグラを利用して・バクチ感覚で、駆け登るしか登る方法は見つからなかったので、関西・最悪・ロシアン・ル−レット・タイプの唯一のルンゼ・ル−トだっただけに・消え失せたのは・やはり残念。

この、写真を撮影した頃は・積雪・結氷も僅かな期間ならばチャンスを与えてくれた。

【天川村アイス・クライミング・エリア】
(パブリック・アイス・パ−ク)

この周辺エリアで、最も初期に発見・開拓した
『講習会・最適地』として・使用後に記録を公表

『パブリック・アイス・パ−ク』

氷のゲレンデとして・初心者から
気楽に利用出来る・環境と外的な
危険性が・殆ど無いので『講習』利用
の地としては、関西で最も便利。

98年・以降からの結氷・状態は悪い

1986年・頃の周辺、山域で本格化し出した「アイス・クライミング」開拓期に、探査・調査目的で入山・入渓していたエリアへのアプロ−チ途中に、偶然に発見して。地元の植林関係者にも・過去の氷結・状態や地形・植林、伐採の経緯と取り付き・までの「遊歩道」の設置・理由なども聞き取り調査。

『利用・車道』から、簡単に・状態、確認が行えるようになったのは90年代に、入ってからで。私が最初に「壁下」まで、確認の為に登った当時には、まだ車道からは植林・潅木の木々から『氷面』が、隠れていて・全体は見えていなかった。

『氷のスラブ』と形容したい様な場所である

全体スケ−ルは、完全結氷・時には意外と大きく。団体でのクライミング・講習にも対応できた記憶が私にはある。ただ、温暖化・傾向が強まっている現在では、ここは以前の様な状態で・利用が可能かは疑問。ここで、紹介(公表)している、写真で最も・最近のものが(左・写真)=1997年。

1987年に、稲村ケ岳の山頂・直下に、突き上げるような急峻なルンゼゼ状・雪壁から稜線から周辺を探査して、下降。下山時に偶然に、通りかかった時に・川原のボルダ−・エリアと共に・発見していた氷瀑で、当時は今よりも潅木と杉、立木に遮られて全体が確認出来なかった

翌年に、氷瀑までのアプロ−チを2方向から確認・整備しておいてから、開拓に着手。

当時から90年代の、中頃までは全体の氷結が2月・初旬には充分に「アイス・クライミング」環境として個人的には初心者・対応の「講習会」にも、利用出来たが、最近は全く・氷結していない場合も・ある。

《C》=天川シャフト

《D》=パブリック・アイス・パ−ク

《A》=コ−ル・オブ・ザ・ワイルド

《B》=杉林・奥の小氷瀑(2003年)

《H〜》98年から2004年までの・メディア取材ガイド業務で、頻繁に使用している
     『開拓エリア』
入林・注意=(工事・期間は立入り禁止

『天川アイス・エリア』
講習に最適な・ル−ト&エリアは98年・以降は少し場所を変更していますが、最適地は健在?
講習・企画に合わせて使用しています。

『詳細・情報』は、参加者に個別に紹介しています。

2000年、以降からの新しく
ル−ト開拓・エリア整備した『環境』
は、一般・公開、情報を公表していません  詳細・情報は講習参加者に提供。

私が80年代から、開拓を進めた大峰・大台、山域でのアイス・クライミング・フィ−ルドの中でも、最も車を降りてから近く、アプロ−チが楽な場。
懇意にしていた(某TV局)の、カメラマンと遊びを兼ねた、周辺のエリア案内で再訪した97年、辺りにはエリアとしての環境は、まだ残っていた。ここも、他のエリアと同じく近年では『凍らない』年が、ある。岩壁部の上部に細い岩溝(ルンゼ)が、続いていて。その最奥・上流部に幾つかの小さな氷瀑が形成される場合も、あるので下部の「氷のスラブ」が全く、形成されていなくても使える場合はあるが、そこまでして登りに行く価値があるか、どうかは疑問
車のドアを開けると『氷』そんな場所だが。残念な事に小さい。写真・撮影や取材時には便利だ。講習・依頼で使う事はありますが、場所は秘密です。
神戸・大阪、方面から気楽に日帰りアイス・クライミング講習を実施するには、最適地です。私の講習・企画に参加した人達には評判が良い。勿論、ここも参加者にしか、教えません『関西でも穴場的なエリア』。
2006年の年末年始の『強烈・寒気』で『シャフト』も、一時は氷柱状に落ち口から氷が垂れ下がり出したが残念な事に1月・中旬の異常な『暖気・暖かさ』と降雨でチャンスが失われてしまった。
『落石防止網』の設置で、ここは登る対象では
無くなった。
『コ−ル・オブ・ザ・ワイルド』の中間部から上のエリアも80年代の頃の様には、完全・氷結する機会は少ない。『講習会・利用』では、ミックスド・テクニックも使用してのアイス・クライミングならば楽しめる。
主要エリアの氷結状態が悪かった時に「新聞・取材」用に使用した林道・範囲に隠し持っている氷場(公的・記録は未発表)
2006年1月20日〜23日『奈良県NHK放送局』よりのガイド依頼・業務。私が発見・開拓を行ったエリアを使用しての『アイス・クライミング』シ−ンを撮影。
詳しくは、別項を作成して報告
2006年1月19日『空撮・写真』
国際山岳プロガイド 舟橋 健
『次ぎのチャンス』には、機会は公平
  手強い『課題』を残している
(下・写真)

ICIスタッフの大串君とのクライミング後に
単独で再訪して『ソロクライミング・システム』使用で完登した氷瀑。
NHK奈良放送局・カメラマンよりの携帯メ−ル送信・写真『提供』
私の初登時の氷のラインは今期は一度も形成・発達しなかった
2007年のシ−ズンも、1992年と同じか、それ以上に『氷』の状態は悪かった。年々、温暖化の影響が表れているようだ。(下・写真)1992年の『コ−ル・オブ・ザ・ワイルド』取り付き地点の作業道・付近
2007年の2月には一度もチャンスに恵まれなかった。
一人で『バイク利用』で、アイスクライミングなど、と言った馬鹿な事を、以前は平気で・・・
85年から、この辺りでのアイスクライミングの可能性を確認していて、それ以前にも周辺で活動していた。アプロ−チ途中で、散見していた河原のボルダ−に仲間達を誘ったのも、同じ頃だった。

『天川のボルダリング・エリア』は、80年代の中頃から、阪神地区の岩場から情報が広まり出した。
2008年に、ここも再奥部の『課題』が、久しぶりに完全結氷した。そして、次ぎの課題と目標を定めていた、岩壁帯に発達する見事な氷瀑も、下層の岩盤と密着した。
近年では、稀な状態だ。


相談が寄せられていたTV関係からの、ガイド依頼には今期
は、理由があって応えられなかった。
情報は、関東の友人達にも紹介していて鳥取・大阪・神戸の
クライマ−にも、私が同行・案内した人達から知られている。
奈良県・北部『天川村・周辺』に発見、開拓した新しいアイスクライミング・エリア紹介
以前に掲載していた『写真・情報』を、個人的な理由で必要量・削除しています。
2008年、久しぶりに左右、中央の独立した氷瀑が形成、かなり発達した。
80年代に、精力的に開拓に入った『大普賢岳』『エンジェル・ウィング』等と、スケ−ル面で比較』できない、エリアだが純粋にアイスクライミングの難度という、部分で未だに発見の魅力と課題の解決が、数多く残されている貴重な『場』だと思っている。
2004年、2006年『講習会・利用が可能だった。
2009年1月、初旬から中旬としては近年・稀な降雪・積雪量。寒気の流入と共に標高が、ある程度・高いエリアの氷瀑のコンディションを良くしてくれだした。