『山岳用テントの原形/モノ・ポ−ル&三角テント』
極地探検の時代から、高峰登山まで歴史的に最も初期から改良・改善が進み、多種類の『テント』が誕生した基本形テント。現在でも最新の素材とデザィン上の改良から、様々なモデルが登場している。
テント中心部に1本の『ポ−ル』を設置して、多角形の底部を固定する事により『居住・空間』を生み出す、シンプルな構造と『耐風性能の高さ』で使用範囲は広い。底部を開放して、被れるタイプと予め『グラウンド・シ−ト』が付属する2種類があり、小型のモデルは軽量化を計る為に、底部を開放してある物が多く、現在も改良が進んでいる。最近ではシンプルなフォルムと、他の近代的なテントとの違いから、小人数でキャンプに使用するのを好む、愛好家も増加しているようだ。
初期の2本の『ポ−ル』を使用して『三角形』形状のテントとして利用されたタイプから、更に片側2本をA字型に組み合わせて合計4本で『テント構造』を、生み出す『三角形状のテント』も、元となる基本は1本ポ−ルの三角テント。バリェ−ション・変形モデルは大量に登場したが、基本形を大きく変えるモデルは多くは無い。『ティピ−』と呼ばれる複数の支柱で支える大型テントが、基本形であり現代風タイプも多種。
『被災後』のボランティア活動時に供与された、特大サイズの『軍用・テント/モンゴル製品』ウィグル系の寒冷地・仕様を施した、非常に丈夫な生地と耐久強度の高いセンタ−・ポ−ルに、多数の壁面を立ち上げるサイド・ポ−ルを組み合わせて設置する。天井部に『ティピ−・タイプ』の開閉式の『排気窓』が、付属していて設営後にもテント内部で『薪スト−ブ等』を使用しても、換気が簡単に行える機能を利用できるように、工夫されている。出入り口は一種の『スライド・ドア・タイプ』で2枚のバネル生地を、カ−テン状に交差させる方式で『車椅子・利用者』の出入りが、容易なので各種『バリアフリ−企画』で使用するのに適している。

一般的な『モノ・ポ−ル三角テント』と、単純に比較できない特性・特大のテントなのだが、基本形の最大サイズとも思える。同時期に阪神地区の各・避難所に配布・提供された『米軍モデル』の多くが、A字型ポ−ルを採用した、一種の『山岳タイプの改良版モデル』で、収容人数の多さに的を絞ったタイプだったが、寒冷地・対応と言う意味では不足があった点を考えれば、こちらは時期的には初期投入には利点があった。
登山や『キャンプ』範囲で、市販されている各種『大型テント』と比較すると、更に大きくグランド・シ−トが底部に縫い付けられていないタイプだったので、靴を履いたままでの出入りが行えて、寒気の厳しい条件下で使う時に『炭火/焚き火』を、テント内部で行えるという利点は随分と助かる性能であった。

サイド・ウォ−ル各面に大型の『窓』が、付いていて巻き上げ式フラップにより開閉は自由。開放感にも秀でていて、天井部の高さと共に垂直に立ち上がる、壁面構造により、居住空間としての快適性は、他のテントと比較できない。
グランド・シ−トは縫い付けられてしていず、専用シ−トは特殊な形状と強度のある素材が使用されてい
『多角形のセンタ−テント』を中心として、各面に他のテントで入口が簡単に『ドッキング』する1970年代としては他に例を見ない、画期的な『テント機能』を完成させていた。
三角テント特有のポ−ル構造に三角パネルを応用して、幾つかのモデルが誕生していた時代にボックス・タイプの高強度なテントが生み出されたが、設営の簡単さや居住スペ−スの快適さ、で優秀になって来たド−ム・タイプと比較されて、その後に多面体の大型タイプのテント類が山の世界で広く、使用されることにはならなかった。
オ−ト・キャンプ・タイプのリビング・スペ−スとしてのベ−ス・モデルとは、基本の使用環境や利用目的は、違ってはいるが各種のテント類を、簡単に接続して使用範囲を広げるアィディアは秀逸と言えた。

『トモミツ・オリジナル』センタ−・テントも、一種のボックス・タイプでA字フレ−ムと交差する、フレ−ム・ワ−クは、その後に登場し普及した(某社テント)の、基本的フレ−ム・デザィンの原型ともなっている。
1970年代に『英国』で改良・発展した『A型ポ−ル・テント』は最も
現代的な『家型テント』と思われる。細部のテンション・システムにも
工夫が凝らされていて、耐風性能も向上している。
『初期』の、三角テントを使用した登山の記録
は、かなり古くて1800年代の後半時期には綿布生地を採用した、本格的な『テント』は登場していたようだ。同様に、かなり古いタイプの遊牧民族や移動式・居住空間として似通った天幕(テント)も世界各国で使用されていた。現在のテントは過去からの継承された、アィディアやデザィンの模倣品や形状や構造で、影響を受けた。
フレキシブルな『フレ−ム』を使用して、世界初の『吊り下げ式ド−ム・テント』を考案して、製作販売したのは神戸の『トモミツ縫工』であり、その画期的なテント・デザィンは海外からの評価も高かった。

『吊り下げ方式のド−ム・テント』の製造と共に、同時代の『ウィンパ−型テント』等の、耐久強度が高く厳しい環境下で使用できる『厳冬期・使用』に、適した各種テントや高峰での特殊な目的で要求される、様々な『オリジナル・テント』も生み出していた。オ−トキャンプという遊び方が、まだ日本では一般的に知られていず、使い易い用具類も入手が困難な時代から車に積載するキャンプ用テントを考案したり、海外の登山用具をヒントにしてはいたが、独自の発案や工夫で実に様々なジャンルで活用出来る『テント/天幕』を考案しては製作していた。特に山岳用の各種テントに関しては、三角テントから後に普及品の代表格ともなる吊り下げ方式を採用したド−ム・テントまで試験品・プロトタイプを含めて、実に様々なタイプを製作していた。
製造元は同じで『ブランド名』は異なるが、二つを使用していた国産
の『厳冬期に、使用できる』テントの中でも、最も初期に普及した
少人数向きの『内張り付きテント』私も、長く愛用していた。

内フレ−ムに『エンビ管』を使用しているなど、時代を感じる仕様
で、当時・改良開発が飛躍的に進歩し出した『ド−ム・テント類』の
普及に伴ない、利用者は減少したが強風下での使用でも安定して
いて、強度面での安心感や他に、比較できるサイズで、このタイプ
の冬山で使い易い『テント』の種類は、増えなかったので今現在
でも、利用価値は高く、愛用者は存在している。

重量的な問題や設営・組み立ての煩雑さで『ド−ム・テント』の普及
改良に伴ない、厳冬期や高所で、このタイプのテントを使用する場面
は減っているが、モノ・ポ−ル・タイプの最新モデルは逆に、その構造
上のインプルさと、無駄を省いた軽量さから再び利用範囲は広がって
様々なフィ−ルドで、利用が可能ともなって来た。
複数の『テント』を、ドッキングさせるという、独創的な
『アィディア』を、現実化したのも、神戸の『トモミツ』であり、試作品の誕生は、1970年代と他に例を見ない画期的な製品だった。一般・流通で市販品として、世に出る機会は失ったが基本構造の中で『センタ−/中心テント』となる、多面体のフレ−ム構造が斬新だった『テント』は、今現在では形を変えて普及タイプとして、世に出ている。

初期『試作品』では、ドッキングさせる各種テントの基本を『三角テント類』としていたが、後に改良が進んで小型のド−ム・テント類との、組み合わせシステムも完成した。
応用タイプとして、更に『ド−ム・テント』同士をドッキング・システムで連結するというシステムも完成して、幾つかの試験用テントを私は、実際に穂高岳や富士山などで使用した経験を持っていた。
私からの提案・希望で特別に『製作』して頂いた、現在でならば一種の『シェルタ−・タイプの三角テント』は基本形は、70年代・前半期に英国で見た『グランド・シ−トを、後から付け足す』モノ・ポ−ルの『テント』で、冬季の使用を前提として、ベンチ・レ−ションにも工夫を施した世界に、たった一張り、の貴重品だったが被災後の混乱・時期に紛失してしまったようだ。

現存していれば、形状的には『ヌクタックやメガミット』と、同種の『三角テント』だった。芦屋ロック・ガ−デンで、私が主催した『テント・カ−ニバル』に、東京から取材に来てくれた『岳人・編集部』には、そういった当時の『トモミツ・オリジナル』の、各種・テントの写真が残っているかも知れない。当時、私が撮影した『写真』には、断片しか設置したテント類が写っていないのと、2回目に使用した、更に多くの各種改良モデルのテントの写真は、私の元には残っていない。
60年代に私が使っていた、家型テントにはフライ・シ−トは付属していず、グラウンド・シ−ト等も当然ながら縫い付けられていず、現在の様に安価な防水シ−ト類も使用することは適わなかった。
以前には『家型テント』の名称が広く、一般的に知られていて青少年活動、主にボ−イ・スカウトや夏の学校行事のキャンプ等でも、主に気候の温暖な季節には、日本中で使用されていたテントだが、決してテントとして優れた特性を持っていた、製品ばかりではなかった。特に生地の素材が防水性能を高めれば、高めるほどテント内部の換気機能の低下を引き起こしたり、防水を向上さす為の『フライ・シ−ト』との相性が悪かったり、基本的な強度も不足している粗悪な製品も、かなり長期間・流通していた時期があり、この種のテントで子供時代のキャンプを体験して、あまりに不快な野外での生活を、体験して『一種のキャンプ嫌い』に、なった人達もいるようだ。

(下・写真1963年のキャンプ風景)60年代に私が、最初に体験した山の中での本格的なキャンプは、基本的な『家型テント』を使用していた。当時はグランド・シ−トは付属していず、当然ながらフライ・シ−トも無かったので毎回の事だが、少しの降雨でも、かなりキャンプ生活には支障があったのだが、記憶の中に不快な雨の想い出は殆ど無い。俗にキャンバス地とか、綿布製と呼ばれたテント本体の生地は異常に、分厚くて重量も子供が担ぐのには重過ぎたが、耐久性に関しては何も問題は無く、随分と長期間このテント類を使っていた記憶が残っている。張り綱とは別に、テント側面に対角線に補強を施したり、天井部に木の棒を水平に固定する等は、ごく一般的な設営技術の一つだったが、キャンプ地で他のキャンパ−が、同じ様な補強策を使用しているのを、見たことは無かった。
今から約50年ほども前の『日本海の海岸キャンプ』にて、この辺りの風景は激変している。シ−カヤック利用のコ−スト・ツ−リングの途中に、数回だが懐かしい想い出のある、この海岸に着岸した。この当時のキャンプでも、5人〜6人用の『綿布製の家型テント』を使用していた。

この頃に使っていた『テント』入口には、まだ開閉の便利な『ジッパ−』等は使われていず、ごくシンプルな小さな木の棒を同じく、フラップ状の片面開きの入口の布に、縫い込まれた『輪』に通すような、固定方法だった。
『ペグ』も消耗品だったので、近所の竹やぶから切って来た竹を、各自が加工した自作品の使用が当たり前の頃だ。雨で濡れるとテント本体の重量は、数倍となり運搬にも苦労したものだ。
80年代の初めに、私が海外で使用する為に製作してもらった時の『基本形モデル』と、なった内フレ−ムと全室を備えた改造タイプのオリジナル・モデル。私が実際に使用した物は、現地から事情があって持ち帰る事が適わなかった。記録写真も残念な事に、震災後に消失してしまった・・・・
一般的に『ウィンパ−型』と呼ばれることの多かった『基本形のテント』は、外見は当時から普及し出した無雪期のキャンプに使われていた『家型テント』に似通ってはいたが、ポ−ル・システムも含めて全く違う目的で製作された、主に冬季使用を目的に利用された耐候性を求めたテントだ。
一見して奇抜な外見ながら、耐風性能が向上した変形タイプの冬季仕様の三角テント。1970年・後半時期に基本的なデザィンは完成していたらしく、交差させた2本のポ−ルに補助として短いポ−ル2本を組み合わせて、軽量化を計っていて底部の形状も工夫されていて、このタイプが今なら評価されるだろうと感じてはいる。
軍用テントなので、耐久強度は素晴らしいが一般的なキャンプで使用するには、運搬重量や設営、撤収に難はある。それでも、ビシット設営すると、この大きさながら耐風強度があって、広い内部空間と前後の大きな出入り口に、絵本の中に出て来るような『窓』の、おかげで換気の良さは素晴らしい。テント本体の生地は重くて、少々の扱い難さは我慢が必要なのだが、意外な程に防水性能は高くて壁面が垂直に立ち上がる形状なので屋根からの降雨時の水も、テント内部に影響を与える事も少なくて快適。

特筆すべき特徴の一つに、降雨後の乾燥作業で全ての『垂直・壁面』を巻き上げて、テント内部の乾燥を図れるのは実用的であり、使用勝手が良い。
コリン・フレッチャ−著書の『コンプリ−ト・ウォ−カ−』が、多くの徒歩旅行者や当時のバック・パッカ−達に非常に大きな影響を与え出した、70年代の後期には今現在の『ド−ム型テント』と同種の、様々なテント類が誕生しだしていたが、マイルド・コンデションでの気楽なキャンプや野外での、シェルタ−的な使用に適したタイプから、やっと厳しい山岳環境に安心して、使えるタイプが生まれ出した頃には、三角形状のテントは更に改良されて、パックパッキングから雪山での使用にも耐えれる、数多くの改良モデルが、誕生していた時期でもあった。故バックミンスタ−・フラ−博士の理論を取り入れた『ジオデシック・ド−ム構造テント』世界初と呼ばれる『オ−バル・インテンション』が、発売される1年前に70年代・後半に最も注目を集めていたのが、6角形のユニ−クなデザィンと旧来の三角テントの構造を革新的に改良した『モ−ニング・グロ−リ−』
現在では様々な使用環境下で、最も愛用者も多くて現代的なテントの代表格として普及している『ド−ム・テント』とは違う、テントの前後の形状が三角バネル(壁面)となる家型・三角テントの多くは、ポ−ルで支えられた別々の垂直面から、下がる屋根部に、重力による『たるみ』が生じる。これは一枚の布で空間を利用する数多くの『タ−プ』にも見られるものだが、風によるバタツキを布面の『たるみ・シワ』が増幅して、強度面での低下を受けやすく、降雨による浸水や布面に『水が溜まる』障害や、降雪の付着による問題も発生しやすくなっしまうので、屋根面を『カテナリ−・カット/catenary cut』として、製造する事が理想的だと思われている。

最も初期に三角形状のバネル面に、優れたカ−ブを採用したのはアメリカの改良された『マウンテン・テント』類の比較手、小人数用のテントで同時期の日本で、普及していたウィンパ−型の改良モデルより遙かにデザィン的にも優れていて、重量の軽減も計られていた。単純な交差する垂直・支柱を斜めにテント本体に取り付けて、張り綱により張力を加えないとテントが設置できないタイプしか、お目にかからなかった時代に、Aフレ−ム・ポ−ル
と呼ばれた交差するポ−ルを、前後共にテント本体の中央に、僅かな角度ながら傾けて内側に設置したことだろう。日本国内では後に、登山用としては重量や嵩の問題で全く使用されることは無かったが大型のファミリ−・キャンプ用として普及しだす、基本形の三角テントから発展した大型キャンプ・テントに使用されだすAフレ−ム・ポ−ル・システムの元となったデザィンだが、2人〜6人用までの本格的な野外用で雪山でも使用が可能となった、この種類のテントは日本では注目を集める事は少なかったが、パックパッカ−向け?情報の中では、かなり注目して利用したいと考えた人達は、いたと思われる。模倣・類似品は短い期間だったが国内のシヨップ・オリジナル商品として流通していたが、その期間は非常に短く、Aフレ−ム・ポ−ルを内側に傾斜させるデザィン上の特色を充分に理解している商品は誕生しなかったようだ。
懐古趣味的な『コレクタ−』や、見かけが他の人とは違うという事が、一つの個人的なスティタスと錯覚したり、用具愛好家には目新しく感じるのか90年代の後半時期から、家型テントの現代的な改良モデルや一時期は、忘れられたように人気が無かった『カマボコ型テント』が、注目され出している。
特に愛用者が増加し出しているのが、テイピ−を連想さす1本ポ−ル(モノ・ポ−ル)タイプの以前ならば『シェルタ−』と、認識されていた少人数用の、比較的、個人でも購入が可能な価格帯の基本形の三角テント類で、趣味の範囲でキャンプを楽しむ人達は、それぞれに『サンテン』や『ピラミッド型』『トンガリ・テント』『ティピ−・タイプ』等との名称でカテゴライズしているようだ。

同じ様にド−ム・モデルの中でもモノ・フレ−ム構造の一人用テント類にも、再び注目が集まり出している。小魚を採取する『四つ手・網』がヒントとなり、大阪万博でのド−ム構造・建築に触発されて日本で生み出された吊り下げ式ド−ム・テントの発案時期には、このタイプは発案・製造されていて、関西では意外な程に、このモノフレ−ム構造のテントの愛用者は多い。

欧州山荘の広告でも、一時期このモデルが登場していて初期のカヤック愛好家にも愛用者が大勢いたそうだ。

私も現存する利用可能な、このタイプのテントを3張りほど所有していて、、大切に保管。
たまに使用する機会もある。
Aフレ−ム・ポ−ルをテント中央側に傾けるデザィン
の『三角テント』で、最も初期に製品化して成功したのはスキ−・ハットやシェラデザィンが、製作した冬季の山岳地帯でも利用できるように、入口などにも工夫を凝らしたテントで、前後にテ−パ−が付いているテント形状は、これまでの三角テントでは必要不可欠だった前後のポ−ルから張り綱を不要としたことだろう。完全自立タイプではないが、底部の最低4ケ所をペグダウンして固定すれば、このデザィンのテントは設営できる。張り綱(ガイ・ライン)が、必ずしも必要ではなく使用できるという点で、このAフレ−ム・ポ−ルの採用は、この種のテントの最大の構造上の改良と言えた。そして、この構造上の利点は、テントを設営した後にも安定性を高める。
古いデザィンの古典的な三角テントはテント周辺に多数の張り綱を、張りめぐらさなくては、安定などしなかったのだから、このアィディアは優秀であった。
高山や雪山での使用を前提として、耐風性能や降雪時の圧力にも耐えれるように、もっぱら強度面と寒冷地での保温・快適性能を重視して改良が進んだ、日本独自の『ウィンパ−型/三角テント』類と、70年代のバック・パッキングや自然回帰・運動の中で使用者の要求に応えた、似た形状のテント類には違いが大きい。
テントに使われる、素材の開発・発展に伴ない柔構造が基本のド−ム・テント・フレ−ムの性能が格段に、進歩した上、テント本体に使われる繊維素材も進歩して、軽量化が促進された。最も小型のワンマン・マウンティン・テントも、60年〜70年代の中ごろまでは硬質アルミ・チュ−ブの、A型フレ−ム・ポ−ルが主流だった。
過酷な自然環境の中での使用を前提に、最高強度を追及した三角テントも製作されていた。
進歩したテンション・システムと新素材とデザィンの採用は80年代で、ほぼ落ち着き出していた。同時期に登場した完全『ボックス構造テント』は、一時期は多くのクライマ−・登山者に注目を集め、期待感も強まったが強度と重量の問題や価格で、その後の改良・進歩は停滞し、開発は、ほぼ停止しているようだ。
『パクリモノ』には、定評?の高い、某国産メ−カ−も一時期、ほんの僅かな期間に模倣品・コピ−的な製品を製造・販売したが、全く使用者からの評価を受けられずに、製造も中止してしまった。当然か。
テント内部から柔軟なフレ−ムで、居住空間を押し広げる『内フレ−ム』の、アィディアは現代テントの発案ではなくて実は、かなり古くから採用されている工夫。この増加するフレ−ム数を、テント自体のテンション・システムを採用して、同様の効果を導き出したり、耐風性能の向上を目指したアィディアは60年代の後期から、幾つもの試験品で有効性が実証されていたが、市販品に、この優れたデザィン上の性能を加えた市販品が登場する機会は少なかったし、構造上の優秀さや重量の軽減のメリットを正しく、理解してくれた消費者は日本国内では少なかった。
釣竿の様に『連結されたポ−ル』システムが一般的となり『ゴアテックス・ファブリック』に、代表されるテント本体の生地に使われる素材が革新的に変化する、以前の近代的と呼ばれる『三角テント』は、世界で大きく二つのタイプに分かれて、70年代に大きく進化していた。一つは厳しい自然環境の中で求められる『基本性能』を追求したモデル。もう一つは、軽量化と使い易さ、あまり厳しい自然条件での使用を考えずに、『家を背負って』自然の中で旅する、為に使うテントとしての流れだ。A型フレ−ム・ポ−ルを基本形として数多くの三角テントが誕生して来た。
1977年に発売された『OUTDOOR SPORTS/総力特集オレたちのバックパッキング』紙面で、紹介された『トレ−ル・ワイズ・フィッロイ』別冊・山と渓谷(エコロジカル・マィンデッド・マガジン)と小さく明記して、珍しく自動車の広告・宣伝が出ていない、ましな?カタログ系・雑誌としての対面を保った特集号ではあった。75年〜情報として知る事の出来た当時の海外『最新・三角テント』が、フォルム・デザィンが美しく感じられ出した頃。テンション・システムも格段に改良され、テントにも『美意識』感性に訴える、製造品が登場していた頃だ。『モス・テント』愛好家には、全く評価を受けないだろう、直線的ポ−ル構造でのテントなのだが、三角パネル面や構造上の形態に、ある種の美しさを感じる。
『フイッロイ・テント』の最大の特徴は、テント前後のA型フレ−ム・ポ−ルの挿入・角度だ。これまでの三角テントとは違って『セルフ・サポ−ティング・システム』採用で、張り綱なしでも設営できた。
『MSRパビリオン』が製造、販売されなくなって、似たタイプの大型タ−プ?タ−プ形状・三角テントとしては大きさから比較すれば、この国産品が数少ない代用?モデルと、なっているようだ。
数々の極地用や高山での活動で安心して、使える『三角テント』を製作していたのが、『吉田テント』で、一時期、女優さんの極地冒険としてメディアでも大々的に情報が公開されていて、潤沢な活動資金と共に当時としては、かなり充実した寒冷地・仕様の特殊装備で登山者からも注目を集めていた。特に極地での防寒対策を徹底的に考えて、オリジナル製品として『吉田テント』が製作した特注品テントは、防寒と耐風性能を高めた上で、居住空間を保つ為に一般的な、三角・家型モデルに中央・支柱を加えてイヌイットの狩猟ベ−スとして現地で使用されている定着型テントを元に、現代的なマテリアルを使用して内部に女性・参加の冒険行らしくく、着替え用スペ−スも確保。高さ190cm・幅270cm・奥行450cmと、かなり大型のテントだった。山岳・登山用のテントと『内張り・外張り』の使用素材が異なる、特殊な三角テント。
人力・ヒュマン・パワ−・旅行者、活動家には無縁の重装備系の三角テントの代表格だが、当時の価格で特注品として吉田テントでは50万ぐらいで製作したと聞いている。この大型の三角テントは極地での防寒性能を向上させる為に、登山用テントでも普及している『内張り』に、薄いナイロンタフタを使用し、本体布地に丈夫なテトロンツイル、そして更に防寒性能を高める為にと、ナイロンタフタの『外張り』を重ねているという豪華さだった。この種の当時『遠征隊・向け特注テント』の製作で高い評価を受けていた『吉田テント』は、過去にも植村さん用の特殊・特注テントも製作している。女優『和泉雅子』さんの極点到達用に製作されたオリジナル・モデル
原初的なセンタ−・ポ−ル(支柱)テントと現代的な『張幕テクノロジ−理論』を、最大限に活用した統合系テントであり、視覚的な美しさも兼ね備えていて、ある種の『前衛ア−ト風の居住空間』モスの提唱していた
『人が住める芸術作品』=「モス/オプティマ』初期の、ビル・モスの代表的な作品である。
美しい曲線構造に、古典的な三角テントとの融合と言うデザィンが発見できる、数少ない時代を先取りしたテントとも呼べた。後に、現代的なモノ・ポ−ル・システムの小型ティピ−・タイプのテントも、モスは製作しているが、発売期間は短くて、当時は美しい曲線フォルムのみが特色?と思われていたのか、日本では高い評価は得られなかった。(98年ごろからか?この円錐形タイプのモス・テントに注目が集まり出した)
『ベトゥイン』や、サウジの王室・野外礼拝テントを連想さすような審美的な『デザィン』は、野外用のテントという範疇のみならず、多くのデザィナ−やア−ティストに影響を与えている。
高超幕・曲線デザィンの代名詞として、柔軟なド−ム・フレ−ム・テントをモス・デザィンの特色と評価している人達には、最も古典的なセンタ−・ポ−ル使用の『三角テント』との融合的な、この美しさを評価しない人もいるらしいが、故ビル・モスの最も初期の作品としての、この『オプティマ』は、後の小型ティピ−・モデルにも、デザィン上の特色が受け継がれていて、三角テント系としても、21世紀になっても高い評価を受けている。
日本国内で発売当時は、初期系の『メガミット』と同様に、メイン・テント格の評価を受けず『ビバ−ク・シェルタ−』かっての『ツエルト』等と同様の、予備的な軽量テントとしての宣伝しか行われず、評価基準も一種・低く見られていた。基本形は、かなり古くから存在していて、2本の支柱を使用する、このタイプはポ−ルがストックで代用できて、専用のポ−ルを別に携帯しなくて良いという程度の利点しか評価を受けなかったが、一般的なテントとは違って、底部のシ−トが縫い付けられていないので通常の使用状況で設営できないような、環境下でも、被って使用したり、雪面を掘り下げたり、利用状況に即して様々に工夫してテント底部を活用できるという部分を、知識と工夫で楽しみ、かつ利用できるという利点も併せ持っている。大量の装備を必要とする、長期の開拓系クライミングやカヌ−・トリップにも装備・保管用として利用している人達は、かなり以前から多く、人とは違う用具・装備を持ちたいという理由や、吊るして使えるなどの特殊・使用時の利点を評価している利用者には評判が高い。
『タ−プ類』が、異常?に数多く、製造・販売され出した、ある一時期に国内メ−カ−各社が、かなり多数・多種類の個性的?模倣・類似製品を、続々と製作していた。殆ど、5年以内に市場から消えていったが、デザィンも製品特性や価格も今から見れば、評価が低くて当然。利用者からの要望とか、現実的な使用環境化での利便性を詳細に調査したり、苦労して研究するといった、努力が見られない製品が、それこそ多数。
売れそうなら、手早く製造して、売りさばけば良い・・・的な発想で、数多くの国産『タ−プ』が登場して、消滅して行った。
前後の2本のポ−ルの間の張力で吊り下げられた『基本形の三角テント』の壁面ほ除けば、現代的な『タ−プ』が出現する。基本タイプは西部開拓時代の移住者が、丈夫な幌馬車・生地をシ−ト利用して、簡易型の屋根を使っていた形式や、狩猟民族が使用していた原初的な『屋根型シェルタ−』にも、基本形が見られる。日陰・雨避け、様々な目的で農耕以前の人は、利用していたであろう『基本形』テントやタ−プは近代・科学や工業、発展以前からの生活用品だろう。『ハイパ−ポリック・パラボロイド/双曲方物面』原理を使用して、美しい形状の『ウィング形状タ−プ』を作り出したのは『ビル・モス』
『シェラ・デザィン』の『スタ−・ライト』を、そっくり・そのままコピ−(模倣)した、日本製テントの一つ。ほんの短い期間のみ、使用していた期間があった。故・長谷川氏が徳沢まで担ぎ上げて、次ぎのガイド業務まで預かって、使用して良いという条件で3週間ほどの期間で槍沢周辺と涸沢で使用していた。格別、評価を感じたという種類のテントでも無ければ、防水性や居住性で秀でた『小型テント』とも言えない。当時、入手が価格的に困難だった『ア−リ−・ウィンタ−社・製テント』や『ノ−ス・フェ−ス・タイプ』の、ビビィ・タイプや2人〜3人用のジオデシック・ド−ム・テント類が、かなり数多く国産として市場に出回っていた時期だ。各種『ド−ム・テント』の種類が、増加し出して『三角テント』類は急激に海外・輸入品と共に国産モデルも減少していった。
『ウィンパ−型』と呼ばれていた、古典派に属する『厳冬期・使用テント』以外には、三季用として普及していた
『屋根型・家型テント』ぐらいしか、市販品で選択できなかった頃に、北米タイプの三角テントは僅かに注目されたが、普及する機会には恵まれなかった。(下・資料写真)国産のシヨップ・オリジナル製品
『シェラ・デザィン/SIERRA・DESIGNS』の製品。高さが163Ccmあり、同時期に普及していた各種バック・パッカ−ズ・テントの中では特に居住性に優れ、専用の『フライ・シ−ト』の使用で、日本国内での山岳環境でも充分に適応して使用できた、数少ないA型ポ−ル・システム採用の『小型・三角テント』デザィンは『ベリ−・パ−ルマン』初期モデルは、出入り口は軽量化を図るために、ジッパ−を使わずにベルクロを使用していた。国産モデルは『ウェスト・コ−スト』として、シヨップ・オリジナル品が市販されていた。
スタ−・フライト2人用
北米の初期の『バック・パッカ−ズ・テント』に、影響を与えていた『英国&ソコットランド製・三角テント』雨の多い英国らしく、降雨対策に優れた特色があり、『ポンチョ/雨具』兼用タイプの簡易型テント類や、当時としては画期的だった、テント全体を完全にカバ−した上で、前室スペ−スを、より広く確保するデザィンのテント等も、多数・登場していた。
『ビビィ・タイプ』シェルタ−の基本となった、完全『個人用のA型フレ−」・ポ−ル』の小型・三角テント
『ドッキング・テント』の、最初のセンタ−・テントには
ウィンパ−型の『三角テント』が、使用されていた。
テント前後を垂直に立てた支柱(ポ−ル)で支えて、設営する三角テントの基本形は世界中の遊牧民族が利用して来た動物の毛皮や食物繊維や木材を、利用して居住空間を作り出して来た歴史の中からヒントやデザィンを得て来て、初期の冒険活動や軍事利用品として改良が進み、装備としての発展して来た歴史がある。
日本では明治に入ってから、軍事目的での海外装備の研究が盛んになって、英国やドイツなどのテント類の研究が進み、世界大戦前から英国製品の三角テントのデザィンから模倣した『テント/天幕』やザック類が製造されだしたと言われていて、曲線を持った『クッカ−/飯盒』や、軍隊用の『リユック・サック/ザック』等の基本形も、殆どが海外の軍隊が使用していた製品を真似た物ばかりだった。
特に『テント/天幕』は、英国タイプの三角テントが当時の主流で、昭和に入って裕福な学生層の遊びとして、活動が活発化しだしたばかりの『登山』で使用する為に、改良や開発が受け継がれていった。
(下・資料写真)は、『吉田テント』作成のウィンパ−型テントで、昭和2年4月の北アルプス・北穂高岳・周辺で撮影された貴重な写真で、内フレ−ムが使用されている部分に、当時の三角テントの完成度の高さを感じさせる。同時期に『ア−クチック型/ド−ム・テント』も、普及していた。
1974年『ALPINE DESIGNS/Strings Aftached』バック・パッカ−ズ向きの、三角テントが各社から発売されていた1970年代に、ノ−ス・フェ−ス社・シェラ・デザィン社と共に、遠征隊の高峰登山や南極での厳しい自然環境でも使えるテントを考案・製造していた。ガイライン(張り綱)不要で、設営できる当時としてもユニ−クな本格派・向きの『三角テント』を製作。日本国内には見入荷だと思われる。
1974年 BERKELEYの『ノ−スフェ−ス・シヨップ』当時、現在のド−ム・テントの普及の始まりとなった
『オ−バル・インテンション』を開発・製造、販売したばかりの頃だが展示ル−ムには、同社モデルの三角テントも用意してあった。『トレイル・ワイズ』を含めて、当時10数社のメ−カ−が形状的に良く、似たタイプのA型フレーム・ポ−ル・システムの、改良型の三角テントを発売していて、徐々に片側を低くする変形タイプや
『ティピ−・タイプ』に近いデザィンの『円錐形テント』が、進歩・発展し出して製作されだした。
サイド・ウォ−ルを備えた、最も原初的な『家型三角テント』から、スノ−フラップと底部シ−トを予め備えた
『雪山使用』や厳しい、自然環境での使用を想定して『強度』向上を追及して、発展・進歩が進んだ『ウィンパ−型』と、呼ばれる事が多かった『三角テント』は、日本では基本的なデザィンに大きな変化は生じずに、テント・ポ−ル等の、素材の改良のみが進み、『ド−ム・テント』の開発・進化と共に、三角・形状のテント類への視線や興味は、徐々に減少していって、70年代のアメリカでのような、革新的な進化や発展は惜しい事に、見られなくなってしまった。三角テント類では、設営に不可欠といわれていた『張り綱』に、関しても『ド−ム・テント』と、同じ用に『自立式/セルフ・スタンディング』システムが要求されていたのに、工夫するメ−カ−は見られず、他のデザィン・システムから工夫したり、新しいデザィンを求めるという努力も低すぎた。
A型ポ−ルに付け加える1本の『フレキシブル・バ−/フレ−ム』構造は、実は、かなり古くから神戸の『トモミツ氏』が、改良型のド−ム構造の発展形としての『三角テント』に実用化したシステムで製作していた。
このシステムに『内側に傾けたA型フレ−ム・ポ−ル・システム』を、付け加えた本格的な『三角テント』を、誕生させていたら・・・・
『フイッロイ・テント』に代表される、70年代中頃から愛用者が増加していた『A型フレ−ム・ポ−ル』採用の、三角テントは、耐風強度を高め、降雨に対しての防護面も追及していたので、当時の『バック・パッカ−ズ・テント』の中では、最も本格派向けテントだった。。強度・耐久性能を強めた為『重量も4Kg』少人数用テントとして、この重量面で日本では、同一タイプの内張り付属の『小型ウィンパ−型テント』や、フライシ−ト込みの『ド−ム・テント』類との、比較・検討で選択されるタイプのテントとは思われなかったようだ。
しかし当時としては、ペグ・ダウンは必要不可欠ながら『一種のセルフ・スタンディング・モデル』としては、非常に希少な三角テントだった、というポィントに注目が集まらなかったのは、不思議ではあった。
テント本体に『フレ−ム内蔵』という、70年代の後半時期としては、革新的なアィディアを採用した、小型・少人数向けの『三角テント/PELSUE・トラペラ−ズ・テント』79年に38000円で、日本国内でも、あの『リ−ベルマン・ウェルシュリ−(株)スポ−ツ用品事業から発売されていた。使っている人を、私は一度も見た事は無いが『フレ−ムを内蔵』して、折り畳み傘・方式?で簡単にテントを設営できるというシステムの先駆け、だとは感じられる。ただし、完成されたフレ−ム・コネクタ−構造を、完成させていた訳でもなければ、テント本体の形状・デザィンにも秀でた、美しさや、引き付けるフォルムも私自身は感じなかった。
『三角形テントの進化モデル/吊り下げド−ム・テントとの融合型』神戸の『トモミツ氏』が、基本形を完成させた『セルフ・スタンディング/自立式ド−ム・テント』の、発展形?三角テントへの、斬新な応用モデルとも考えられる。純・日本国産テントの中で、数少ない現在でも評価を受けて、市販・使用者の多い『定番モデル・テント』だろう。片屋根・変形、三角テントの構造をフレキシブルなフレ−ム構造で、軽量化し、安定した形状と使い易さを両立しようと考案された『個人向け小型テント』の代表作。
モンベル『ム−ン・ライトシリ−ズ』の。中で最も初期に製作、市販されたモデルとして、情報多数で購入使用者は非常に多い、普及品として一定の評価を受けて、現在も販売中。
登山用のシュラフ類の製造から発売で『メ−カ−/製造会社』としての、歩みを開始した『モンベル』が
1979年に発表した『ム−ン・ライト・シリ−ズ・テント』の、ライン・アップは初期には3種類で、最も初期の基本モデルは現在の『V型』で、使用者側のイメ−ジは『バック・パッキング向け』なのだが、製作側は最初、完全な『登山用』と意識していて、セルフ・スタンディング・ド−ム・テントの利点である『イ−ジ−・セットアップ』を基本コンセプトに軽量化とコンパクトを求め、発売・以前から北米のアウトドア市場で普及していた『A型フレ−ム構造の三角テント類』を、より小型化しフレ−ム・ワ−クを変化させて、ポ−ル・スリ−ブにフレ−ムを通す方式から、テント外周部からテント本体を『吊り下げるシステム』を採用した。このタイプの最も小型のテント前後の高さを変えて、天井部にブリッジ・フレ−ムを加える事により、三角テントと自立型ド−ム・テントを組み合わせた、融合モデルを製作したのが注目点。

ただし、この小型化した変形・三角テントの中央部は、フライ・シ−トが降雨時に接触するという構造上の不利な点を、補うアィディアなり工夫は省略されていて、宣伝上の日本の気候に適したテントだとは強調すべきではなかった。センタ−・フレ−ムを使用するなりという、デザィンやフレ−ムの追加は、結果的に重量が増加するのだから、一種の『シェルタ−・タイプ』の『テント』として、使い方や季節を使用者が判断して、不足する機能を正しく理解して使用すれば、このタイプの片方が、低く居住性は犠牲にされているが組み立て易く、それ程は重くない『バック・パッカ−ズ向きテント』として利用するのは薦められると思う。実際、自転車旅や徒歩・旅行者には、このテントの愛用者が多く、登山者が使用していても、あえて冬山で使用しようと考える人は、少ない筈だ。

三角テントで当時『A型フレ−ム構造』で、前後の天井部に補助・補強用のフレ−ムや剛性の『ポ−ル』を、付け足すアィディアを実際に採用していた『製品』は、英米・数社に見られて、テント前後の高さを変えるタイプは、原初的な民族系テント(天幕)に、そのオリジナルが存在していて、製品化された現代的なテントとしては、かなり古くから欧州範囲の軍事用テントに、その形状や構造的な特色が見られていた。

特に近代的な繊維と金属・支柱(ポ−ル&フレ−ム)を使用し出してからの、このタイプのテントの原形は北米の『マウンテン・テント』に、数限りなく類似品が出回っていて、完全なオリジナル・発想や構造とは決して言えない。アィディア・全体の構造理論、プロト・モデルの製作は当然ながら『トモミツ氏』なのだが、その辺りの基本情報は、メ−カ−の、くだらないメンツや企業理念の、陰で意図的に隠されている。
私が最初に使用していた、60年代から70年代の中頃までの『登山用の軽量テント』の、多くには柔軟なフレ−ムには、まだ一般的に細くて、互いの接続部が今の様にシヨック・コ−ドで連結されていない、各フレ−ムがバラバラで、1本のフレ−ムとして取り扱うのには、ある種の面倒さに慣れる必要があった『グラス・ファイバ−製品』が多かった。その後に登場した『183Sのアルミニウム』製品の、フレ−ムは使用しているとフレ−ム表面に白く腐食錆が浮き出し、強度面でも『割れ』が、入り易いような代物だった。

その次に各種ド−ム・テントのフレ−ムに使われ出したのが、一般に超高張力アルミニウム合金に代わった。これ以前に使用している素材フレ−ムの表面に施していた『アルマイト・コ−ティング』が剥がれ出して、組み立て時に掌が黒く汚れる欠点もあった。それと、情報としては、どこにも公表される事は無かったと思われるが、この種の普及し出したばかりのアルミニウム合金の『テント・フレ−ム』が、普及しだしてから、かなり長い期間、フレ−ムの破損が相次いでいたが、その根本的な原因を正直に公表するメ−カ−は、いなかったし、安価で単純な緊急措置・方法としてテント購入者に利用方法を知らせたり、購入時に付属さすべきだった『補修パィプ』も、ごく最近まで、その存在さえ消費者には知らされずに販売が続いていた。
三角テントの『換気機能/ベンチレ−ション』内部の結露を抑えて、快適な換気を確保する為の、『窓的な機能』は国内で冬季・使用タイプのテントが多かったので『巾着方式/トンネル』タイプのシンプルな『換気窓』を使用した、製品が多かった。
前後の出入り口に『垂直タイプの開閉箇所』を持った、基本形の三角テントの場合は、幾つか面白い『換気機能』の為の、窓を設置できる。
日本では70年代に入るまで、換気機能に虫除けの『メッシュ』を使用するという、テントは少なく本格的な登山用テント類に、実用に耐える『現実的に有効な細かいメッシュ生地』を、使用したテントが市販品に登場するまで、あまり、この機能を正しく評価して必要性を主張するメ−カ−も表れなかったが、現在では付属していて当然。更に改良されるべき機能面でもあるだろう。

片方を低く、下げた『変形・三角テント』を本格的な登山や、バック・パッキング向けに製作しだしたのは50年代の、英米の制作者で基本形は、かなり古くから軍用製品に多い。

テントとは言えないが、国産品の中で短い期間だったが『マジック・マウンテン』が、オリジナル商品として市販品としては、数少ない『A型フレ−ム・三角タ−プ』を製作販売していて、通年・私は、この変った種類のタ−プを愛用していた時期がある。夏の北海道カヤック・ツア−から、冬季の南アルプス『荒川出合での雪中・定着キャンプ』まで、実に様々な条件下で使用して来たが、耐用年数に至る前に仲間の不注意による、損傷が元で使用が適わなくなるまで痛んで修理せずに、今現在は倉庫で保管中。本格的に修理・補修しフレ−ムを取り替えれば、まだ少しは使えるのだが、そこまでして使おうという意欲は無くしたので、これから利用する機会は無さそうだ。
ベ−ス・キャンプ向きの快適性重視の、セルフ・スタンディング・タイプとしても、使える現在では類似した製品が見られない、変った『タ−プ』として意外と、利用範囲が広くて少人数でのキャンプでは重宝した。キャンプ場などに、常設・設置されているような家族向けの木製『テ−ブル&チェアー』の上から、すっぽり覆うように被せて使うのに丁度サイズが良かったので、一箇所にキャンプ・ベ−スを置いてから、数日間のカヤック・ツア-に出掛ける時等に、この『タ−プ』と基本ベ−ス用テントを利用していた。(下・写真は歴船川キャンプ場)
夕方の暇つぶしに、キャンプ・サイトの前の河原で少しばかりルア-を対岸に投げると、入れ食い状態でアカハラが釣れた。10年ぶりに、再訪した時には、更に人の来ない上流部でクライマ-しか使えない、橋からの下降技術を使用して、とても面白い釣りを体験。
(下・写真)北海道での長期キャンプで、各地を移動している時にも、この『三角タ−プ』を愛用していた。キャンプ・サイトから数分、歩けば風情のある渓流横の無料・露天風呂という、絶好の環境が楽しめる(某エリア)でも、キャンプ場に常設されていた、木製のテ−ブルの上に、被せてモンベルのム−ン・ライトXを接続して、リビナグ&寝室として快適な数時間を楽しんだ。このキャンプ地から下流部の河川は、車から降りて虹鱒がバカスカ釣れる、かなり穴場的なエリアだった。

西部開拓・時代への誇りや郷愁を、現代でも強く残している米国では日本で一般的に考えられている『キャンプやアウトドア遊び』の、感覚や時間尺度で、全くといって良いほどに異なる意識や活動が存在していて、ハンティングも含めて、遊び方や用具に対しての考え方も、大きな違いがある。

縁があって、関学・探検部メンバ-だった竹内君・達と六甲山・周辺でクライミングとケ−ビングでの技術・交流みたいな企画を楽しんだり、当時としては他に似たようなグル−プの話も、聞かなかった『海外通販』を仲間達と共同で、研究・実践する『おもろいもんを買おう会』なる、遊び人グル−プを結成して、楽しんでいた70年代の後半から80年代に、『カベラス』のカタログから幾つか、面白い用具類を入手していた。

その頃には、穂高や欧州、他・辺境地での氷雪のクライミングにしか興味の対象も大きく、ひろがらなかったのと、本格的な長期・生活用としての野営用具は、使う得る環境も無いので面白そうだとは感じていながらも、ザックに収納可能か、人力での移動・運搬でしか使用できないコンパクトな用具とかしかメ−ル・オ−ダ−を利用する機会は無かった。
その頃に、興味深く眺めていたカタログの中の様々な『野外生活・用具』の中でも、大型の家型・テントやテントの中で使える、組み立て式の『薪・燃焼スト−ブ』や、本格的な調理やオ−ブン・スト−ブを、いつかは実際に使いたいものだと憧れてはいた。

燃焼用具を『テントの中で、調理・暖房』に、使う為には登山用に改良・開発が進んだタイプでは、あまりにも無理が大き過ぎる。そして、中途半端な、見かけだけの模倣品も、確かに市販品から購入も可能だが、やはり本物は手軽に日本で短い、日数で使うのにも制約が大きい。
1970年代。私が本格的に山岳でのテント使用を楽しみだした頃の剣岳(上・写真)
2009年5月 購入(Luxe)インナ−・メッシュ付属で、超お買い得価格
モノ・ポ−ル・タイプのシングル・ウォ-ル・テントとしては、市販品の中では最も手頃な価格で購入できる。
『Mega Horn/メガホ−ンA』海外通販、利用者や海外のアウトドア用具の研究や情報の通には、以前から注目されていたテントだった。2009年より、手軽に国内・通販で入手が可能となったのと、価格も手頃なので注目が集まると予想される。

インナ−・テントが付属していて、底部は一般的なシ−トだがサイド、天井部がメッシュ仕様なので使い勝手が良い。本体・天井部のカバ−は完全・着脱タイプで、入口は前後にあり、メッシュバネル付属。
換気性能は良い。センタ−・ポ-ルは調節式で、強度的にも充分で専用袋付き。
比較的、収納状態はコンパクトで、車移動でのメイン&サブ・テントとして利用価値は高い。
(下・写真)1968年 (もしくは73年?)まだ『芦屋ロックガ−デン・高座谷の第一・堰堤上』が、純粋に登山者とキャンパ−の世界だった時代。BSの子供たちにとっても、この手軽に利用できた河原でのキャンプの想い出を数多く持っている頃だ。この辺りから、奥高座までの、各堰堤の河原では毎週、誰かがキャンプしていて、クライマ−の多くもテント持参で各岩場で活動していた。まだ、餌付けされた『猪』などが存在していず、谷・沢からの水を飲料水として利用できた環境が残されていた時代の最後の頃。
家型テント全盛期で、まだド-ム・テントや軽量タイプのサレワのカマボコ型テント類を、この辺りで実際に目にする機会は殆ど無かった。周囲の地形も、かなり変化してしまったが、雰囲気は今も残っている場所。
1978年に『トモミツ』が、試作品から、ほぼ完成タイプとしてのA型フレ−ム方式の一種の『三角テント』の改良版として、小型・軽量の冬季使用も可能なタイプを製作。(下・写真)は2年後の1980年に、試験目的で私が単独での南アルプス『オウレン谷』での、アイスクライミングで使用中の写真。坊主沢との分技・箇所の安定した沢あたりでの一夜と、山頂を踏んでからの一夜で使用。
(下・写真)この三角テントも私の涸沢長期キャンプ生活用に、トモミツ氏が特注で製作してくれた作品の一つ。
バックパッカ−ズ用としては、日本人には重過ぎると感じていたが、張りの美しさは70年代、後半時期の、この種の三角テントとしては優秀だった。日本国内には未入荷だったと記憶している。