『六甲山・滝・シャワ−・クライミング記録』

『六甲山』には・色々と不思議な事が多い。いつの・時代でも、「出遅れて来た・世代」と呼ばれる時期があり。其れが、不思議な事に、何時も、次ぎの世代にも、手渡されていく。
有限な「自然・環境」の、中でも・『六甲山』程に・人の手が深く入った「山」は、国内でも珍しい。探査・開拓・等の、言葉には、全く似つかわしくない「現代」の、六甲山に、残された「課題」とは。
とっくに・遅れて来た「世代・時代」と、言われて・久しいのに。何故か?まだ、遊べる。

ここは、「山の世界」の、話し?では、特に珍しい。開拓・初登攀・記録としての経緯がありますので、少し紹介したいと思います。

いつもの・ごとく「場」は、かなり以前から知っていました。滝の直登は、濡れない渓流・遡行が基本だった・一昔前の『関西』の、古い『沢愛好家』の人達や、更に古い世代の「岩場捜し=続に、地形図・上での毛虫・捜し」の、頃のクライマ−が、他の多くの「滝」と、同じく。水流から、逃げて。潅木・ブッシュ、草付が使える「易しい岩場」を、利用して巻きに・巻いて登るか。単調で創造性も・想像性も感じられない・ボルト連打のル−トか。こういったル−トは存在していましたが、登攀倶楽部の頃から、個人的には一切・興味を惹かなかった。距離・スケ−ルが、あれば別だったでしょうが、『六甲山・系』範囲の、渓流・岩場や滝で

・・・・機会があれば。新規に「滝・水流・沿いに」新しいライン(ル−ト)を、拓きに来ようと考えていました。

『講習会・実施』用に『本流』を、本格的に『整備』し、出した。85年・頃から、やっと渓流内の、水質が改善方向に、向っている事実を、知ったのが良い機会でした。私が、初めて・この「渓」を訪ねて・キャンプの夜を過ごしたのが、12団に所属していた、小学校6年・記憶も、あまりに当時は毎週・山を歩き・キャンプの夜が続いたので、殆ど覚えていない。確か・舗装・林道なんか、なかった・・・・かな。まだ、沢を歩く事など・思いもしなかった頃なので、飯盒・米を研ぐ水流ぐらいにしか「渓流」を見ていなかった。その、当時から・水質は年々、悪化。高校生の頃に、記憶を頼りに、友人とキャンプに、訪ねた時には・とても「キャンプ適地」には、成り得ないほどに、環境も水質も悪化していた。同じ・時期「表・六甲」の、西山谷・源流で滝下には、洗剤の白濁・泡が湧き上がっていた時期だ。
あの、頃が、最も「六甲山」を含めて・日本中の里山・都市近郊の自然に、河川と海が・汚れ放題の頃だから。山でも、同じ。何しろ。高度成長を歌い文句に・どこも、かしこも、自然が破壊・汚れ出したのを、誰も・押し止められなく・なっていた時代なのだから、街・住宅地に近い「六甲山」の沢など、ひとたまりもなく・汚濁して行った。何しろ・沢の最・源流部に別荘地と車道に、行楽・施設が所狭しと、林立・建設されている「山」だから、少し・自然環境が戻るのには約15年〜近くの、年数が必要だった。

その、僅かに「環境・回復?」した、沢の中に、ここで紹介する『沢』も、含まれる。

『新聞・企画 アウトドア・ガ−ルズ・挑戦シャワ−・クライミング』

水質が、改善方向に向かい出した頃。珍しく、長く続いた、秋の長雨から・集中豪雨・台風と、渓流内の水底に溜まっていた汚濁・泥を、すっかり綺麗に洗い流してくれたチャンスを使って、やっと。本格的に「整備」に入った。

丁度、この時期。不法投棄の自転車を、片付け出して・間もない時に「仁川渓谷」での、講習企画がTV等でも、広く紹介され出し。最も親交を・深められた事が・幸運だった「地域・住民、主導」の『仁川の自然を考える会』からの、依頼で実施する、機会が増え出した「親子での楽しむ・渓流ハイキング」が、忙しくて。こちらの『沢』に、手が回らなくなって、しばらくは・個別・企画で時折使う程度に、なってしまい、整備の手も・遅れてしまった。

その後、「キャニオニング」の、練習や「メディア取材・撮影」依頼にも、都合良く使える「場」で、ある事が判明(単に気が付いた、だけです)震災・前の92年から、滝中の支点類の整備も行い「渓流内」の、清掃も、講習に使える程度まで行って。川底の割れた、ガラス瓶の破片や、ブリキ板とかの、回収で日数が必要でしたか、まあ・その労力に比例して「安心」して、使える・形に仕上げました。最も・厄介だった単車の、引き上げには友人から借りて来た簡易ウィンチが活躍。市役所・連絡で片付けました。作業、途中にはフラリと現れた・外人に手伝って貰ったり・下流域から散歩に来た『婦人会』の皆様から・心・こもった差し入れ・も頂戴。増水時の逃げ道。必要な確保支点の整備も、一段落したので。
「支流」で、以前から・ずっと気になっていた「滝」の、開拓を開始できる様に、なったので。
丁度「新聞・連載」で、私もガイド参加で、紙面に出さして頂いていた・お気に入り企画「アウトドア・情報センタ−」所長(代表)」の・下条・氏から、次は「シャワ−・クライミング」を、取り上げたいとの、誘いを受けたので・可愛い「プロのモデル」さんの初体験で「新しい滝ル−トの開拓・初登」も、きっと・格好良いな・と思って承諾。

ズブの素人。クライミングにも、沢や・山にも無縁でフアッション関係が基本の「プロのモデルさん」が、六甲山とは言え。新ル−ト開拓・初登というのが、面白いと考えての「企画」です。これが、上手くいけば、より当然でしょうが、ガイド・プログラムならば、誰でも楽しめますょ・・・と「シャワ−・クライミング」は・とアピ−ル=言いたかった訳です。

結論から『先に言えば』=当然ですが・大成功。

とっても。可愛い「プロ・モデルさん」なのに、けっこう・運動神経が良いのか・ガッツが、あるのか、見かけと違って「根性が入った」クライミング。文句も言わず・最後の終了点まで「新ル−ト」の後続を、果たしてくれて「笑顔」も、さすがに・ピカイチ・ちゃんと、仕事の努めも果していました。
この時には、いつもの「沢企画・常連」の、村上さん、を含めて数人が確保や・撮影の手助け・一緒に遊んでくれました。

『場所』は、新聞・情報(欄)と、記録・紹介(欄)の、中で・記述している「支流の滝」です。
ハイキング・マップ(地図)にも、記載されている。比較的、名の知られた「滝」ですが、上流域に存在する
「砂防堰堤」の影響も、含めて。この「支流」その・ものは「水質」が悪い。特に「滝上」からの、「水質」は、渇水期には六甲山・系の中でも、最悪の部類。時期を、間違うと「滝」での、シャワ−・クライミングも、とても行う気に、ならない水質の悪さです。増水・時期にのみ・・・・その為、「滝ル−ト開拓」を狙って・入った今回もしっかり増水した時期を選んでいます。

「水質」の悪さ・が原因で「登攀ライン」の、ホ−ルド・スタンス共に、通常の状態でも滑りやすく、注意が必要です。ガンガンと、強い圧力の水量で岩肌が、洗い流されて・いないと「ヌルヌル」と非常に、滑りやすいル−ト・なので。フリ−の動きに、厳しいものが要求されます。初登時には、中段より、絶えず水流・飛沫を浴びての「シャワ−・クライミング」快適でした。3段に、大きく分かれた「滝・連瀑」短いながらも、下2段は、通常はノ−ロ−プで、突破が可能。しかし、初心者・同行の場合は確保が無難。

3段目。簡単な「テクニカル・アドバイス」
滝・右横のバンドを「釜」ギリギリまで、左に寄って。まず1本目に、打ったピトンを使って・一段、立ち上がり。左の水流・壁で、フッキング1回(ノ−マル・タイプ・フック)エイダ−利用で、立ち上がってから直情して、水流・右をフリ−クライミングで、落ち口へ。

ピトン1本を、プロテクション用に残してあります。滝・落口から・水流を左に渡って、立木で確保。下降は、少し上に、古い山道が、今でも・しっかり残っているので、それを利用して簡単に、本流に戻れます。ボルトは1本も使用していない。ただ、毎回・フッキングも、面倒・恐いと感じて、誰かが「ボルト使用」しても、別に、私は気にしない。

『六甲山・系』で、車から・降りて最も簡単に、取り付ける「滝ル−ト」でしょう。
それと、「ここは」度胸・一発タイプの「キャニオニング・ダイブ」にも、使う事が出来た「滝」でしたが、状態の変化が、当然な「自然」ですから、判断は慎重に。薦められない部類の「場」で、かなり「危ない」=危険。

TV・ロケで、数度、使用しましたが。今の状態は『危険』ですね。「滝ル−ト」も、決して、易しい部類でも、ありません。『芦屋川・大滝』の、例も・ありますから、お気を・付け下さい。

完全装備=タレントさん、なので・と言う訳だけではなく山も始めての、女性で。クライミング経験も、無し。
擦り傷だって、負わせたくは無いので「キャニオニング・スタイル」にて、滝に挑む。

ウエット・ス−ツ上下は、私のスク−ル使用のを貸した少しばかり、ダブダブだったが、可愛いと廻りは言っていた。

2006/04/04 (火) 23:53:12