アウトドア情報センタ−所長(代表者)の下城さんからの企画・依頼で
『大阪新聞』の、明るいアウトドア・特選・情報「アウトドア・ガ−ルズ」
紙面に、参加してのガイド・プランは今回は、キャニオニング・渓流釣り(伝承系・和式毛鉤)から、本格的な『沢登り』と、なった。

この『三谷渓谷コ−ス』は、90年代に入って・私の主催する
バリアフリ−・プログラムで、視覚・聴覚障害者の参加者と共に
数多くの・メディア(TV・新聞)で、その沢登りコ−スとしての良さと
楽しさが、広く紹介されたので・現在では、かなり『沢関係』では知
られた「場」です。
開拓時に、危険な浮いた石や、苔に覆われたスタンス等を掃除して
フリ−・ル−トと同じ様に、安心して使えるプロテクション等も設置。

2000年6月23日(金曜日)  『スポ−ツニッポン』 連載アウトドア・特選情報・掲載

(執筆・担当者  MCS国際山岳プロガイド 舟橋 健)

この頃に、『連載・執筆』していた、この「スポ−ツニッポン紙面」での、三谷渓谷の魅力を紹介した「案内・記事」の反響も、かなり大きかった。一般の登山関係やアウトドア関連の「ガイド・ブック」には、紹介されていない地域や範囲の中から、私が独自に発見したり。コ−スそのものを開拓した内容が多い
「連載・情報」だったので、この連載で影響を受けた人達や、出版社からの問合わせが続いていて、少しばかり対応にも疲れ出していた。
特に、反響が直接・新聞『担当者』に、寄せられるので。私の原稿・受け取り・構成やレイアウトを担当される記者には、御迷惑も、おかけしてしまった。

これら、以外に『三谷渓谷』での、沢コ−スを紹介した紙面に幾つか、案内・記事を依頼されて書いているが。内容的には、紹介する程の「紙面・内容」とは、思わない。編集者・側で、文章を適当に紙面内・レイアウトや他・地域との紹介文で、書き換えられたり・するのは致し方ない。それが、あまりに『内容』として、我慢なら無い場合は、殆ど無視。

(実は、この周辺に新たに開拓した講習・適地コ−スを、更に2本、追加した)しばらくは、公表しない。

前年の冬に『六甲山」でのウインタ−キャンプと野外料理を担当したTV番組から、この沢での企画を依頼されてタレントさん達3人と、撮影スタッフに私の講習生も加えた大人数での沢登り
全国枠のTVニュ−ス映像を含めて、この『三谷渓谷』での『シャワ−クライミング』情報は広く、知られてしまい、沢愛好家の世界でも2002年、以降はクチコミ情報に、様々な人達の発信する『ITも含めた情報』が加わって、かなり知る人も多くなった『沢コ−ス』だ。ガイド業務とは別の、個人的に実施した『バリアフリ−企画』もメディアで紹介され、かなり以前には新聞連載の情報・記事にも『登山コ−ス』としても、紹介記事を執筆してもいたので、少しばかり、この『場』は知られすぎてしまった、感じは否めない。
兵庫県 播磨山域『千ケ峰・三谷渓谷』 関連資料
視覚障害者メンバ−参加での『沢登り企画』は、初期に六甲山系の沢を利用していたが、年々と参加者の技術的なレベルも向上し、アプロ−チの問題での、より簡単に移動が可能で、サポ−トと緊急時対応にも適した『講習適地』を、いつも探していた私にとっては、この千ケ峰『三谷渓谷』は、うってつけの場所として整備・開拓を行えた。『雌滝』『雄滝』共に、初登者が存在しているのは、最初に山頂まで沢を遡行した探査時に痕跡なども発見していた。数回の偵察・探査を終えてから、二つの『滝』に、それぞれ面白い課題を発見してル−トを開拓。特に下段の『雌滝』には、スラブ滝のル−トを開拓、このラインが中々に面白い。『雄滝』にも、ほぼ直上ル−トを設定して、後続者にも安全なル−トを開拓、各ル−トには講習に使用する為にハンガ−ボルト類を設置。下部、最上流の小滝にも、整備作業を行なったが、バリアフリ−・プログラムでは毎回、大抵この『雄滝』を越えた次の小滝辺りで、企画を終了する事が多くなっている。
私が各種スク−ル装備を保管している『倉庫』から、近くて最近は地元感覚の山にある『沢コ−ス』であり、講習適地としても、各滝での初登ル−トの開拓も含めて、思い入れの強いル−トと山でもあります。
水量豊富な条件時に、素晴らしい沢登り(シャワ−クライミング)が楽しめます。ここも、やはり渇水期・かなり水流・水量が乏しい条件の時もあります。この十数年で、水量は何故?だか、減少傾向と感じ出しました。